21世紀を向かえ10年近くも経つと、かねてから謳われている男女平等だとか、女性の社会貢献がどうだとか。兎に角、女性の活躍の場もそこそこに増えてきたと思う。
ここローレシアでも、というか、ローレシア城内でもその傾向が近年芳しく、俺のSP兼、秘書兼、世話役の任を務めている人物も女性だった。
まあ、それに別段問題はない。問題は、彼女の性格。いや、嗜好というのか趣味というか何というか…。

「は?」

俺は今週のスケジュールを彼女と確認していて、思わず間の抜けた返事を返してしまった。

「陛下には、今週末からベラヌールの視察に赴いて頂きます。それと、親善を兼ねてサマルトリアの王太子殿下と行動を―」

「って、どうしてそこでサマルトリアが出てくるんだ!?」

何をどうしたら、ベラヌールの視察にサマルトリアとの親善が兼ねられるのか。
彼女が淡々と告げる今週のスケジュールなるものに耳を傾けていればこの有様だ。

「安心して下さい。サマルトリア側にも正式に許可を取り付けてあります。」

「許可って…、そんないつの間に…」

呆れてものが言えなくなってしまった俺に、彼女は嬉々として話を続ける。

「先方と半年もかかって合わせた予定なんですよ。文句は言わせませんからね」

「…文句というか何というか…君は……」

「サトリ殿下だって楽しみにしておいでですよ。口答えせずに行ってらっしゃい」

そして、これだ。
まだ、二十と数年しか生きていないが。ここ数年の女性の台頭は凄いと思う。女は強し、というべきか…。
彼女は、俺とサマルトリアの王太子との関係を知っている心強い?味方ではあるのだが、如何せん突っ走る傾向があって非常に困る。
どこからか聞きかじった話によると、サマルトリア王太子付の秘書と「二人を幸せにし隊」なる有難いんだか何だか分からない同盟を組んでいるらしい。
恐らく、今回のこれもその同盟の思惑に違いない。

「あ、それと陛下。今回の視察はあくまで非公式のものなので、くれぐれも身分等を明かさずにお願い致します。」

「…………。」

もはや声が出なかった。つまりは、単なるお忍びの旅行ということなのか。
21世紀。形ばかりの王政ではあるが、そこそこ多忙を極めている国王業。よくもまあ、休みをもぎ取ったものだと、我が秘書ながらその手腕を思った。

 

 

□■□

 

 

「ロラン!久しぶりだな、ちょっと痩せたか?」

落ち合ったのは空港。両国の王族が会しているというのにSPの一人も見えないことを嘆いて良いのか、喜んで良いのか。
改めて彼女の凄さを思い知る。これで何か問題が起こったとしても対処できる自信があるということなのだろう。

「君こそ、少し疲れているように見えるけど、大丈夫なのか?」

「平気、平気。ちょっと、ここんとこ忙しかっただけで、ベラヌールでゆっくりさせてもらうしさ」

そう言って、屈託なく笑う彼は本当に可愛い。
今でこそ公式の場で会うことぐらいしかその機会が無いが、数年前にサマルトリアに留学していた頃は、サマルトリア城に招かれていたから、毎日のように顔を合わせていた。
大学を卒業と同時に即位が決まり、今に至るが、あの頃に比べ会えなくなった分、偶に顔を合わすと愛しくて堪らなくなった。
思わず抱きしめたくなって手を伸ばしたら、流石に公衆の場でまずかったのか、サトリはやんわりとその手を押し返し、照れたようにこう言った。

「…後でな」

少し朱に染まったその顔を見ていると、思う。

あ、俺、我慢できないかも、と。

 

 

□■□

 

 

数時間のフライトを経て到着したベラヌールの空港から、電車とバスを乗り継いで宿泊するホテルに向かった。
公共の交通機関を使うのも久しぶりで、それだけで二人してはしゃぐ。
リムジンでの出迎えに慣れた普段の生活。それを思うと、時刻表に顔をつき合わせて最短ルートを考えたりするだけで楽しくて仕方なかった。
途中、満員電車でサトリの気分が悪くなってしまった時は、申し訳ない気持ちになったけれど、満員のせいでぎゅうぎゅうにひっついているしかなかった車内に、それはそれで幸せを感じてしまったり。
思わぬ形でむかえた視察という名のお忍び旅行だったが、今となっては、我が秘書に感謝している自分がいた。

 

ホテルに着いてみれば、やはりそこは王族というもの。ベラヌールを誇る一流ホテルだった。
エントランスをくぐり、フロントに向かう途中、ふと視界に入ったものに俺は視線を持っていかれる。

「なんだよ、ロラン、お前これ着たいのか?」

半ば呆れたような苦笑したような声が隣を歩く彼から漏れる。

「や、別に着たいわけじゃないけど…」

視線の先にはブライダル用のタキシードとウェディングドレス。
別に彼にウェディングドレスを着せたいなんていう、ずれた願望は持っていない。が、やはり、こうして二人で歩いていれば気を引かれても仕方ないじゃないかと思う。
そう言ってやれば、サトリは、それじゃあ俺がタキシードでお前がドレスな、と言って笑った。

「良いよそれでも。サトリが貰ってくれるなら、俺がドレスを着たって」

結構本気で言ったつもりだったのだが、サトリは俺の言葉を聞くと、引きつった表情のまま顔を逸らした。
想像しちまった、キモイ…。という呟きが聞こえてくる。

「じゃあ、君が着る?」

「…ばーか…」

軽い気持ちで聞いたのだけれど、そのあとに続いた彼の声が少し辛そうに耳に届いて、俺は慌ててこの話題を打ち切った。
今、こうして、こんな関係を続けているが、やはりこの話題は禁句にした方が良いのかもしれない。
流石に、叶うことと叶わないことの区別ぐらいついている。
だからこそ、今は思い切り楽しもう。そう言って、俺は彼の背を促してフロントに向かった。

 

チェックインを済ませ、ルームキーを貰うと、荷物を運ぶと言うボーイの申し出を断って、二人でエレベーターに乗り込んだ。
他の客がいないことを確認して、俺はエレベーターの扉が閉まると同時にサトリを壁に押し付けて唇を奪った。

「ちょ…っ、何」

「だって、やっと二人きりになれたし」

「二人きりって、ここエレベーターだ―っんぅ」

腕を突っ張られ、仕方なく口を離すと、彼は真っ赤になって、せめて部屋まで待てといって睨んできた。
今更、何を照れる必要があるのかと聞けば、照れるとか以前の問題だと言って怒鳴ってくる。
彼の言いたいことは分からなくは無い。が、そういう態度がどれほど俺を煽っているのか分かっているのだろうか。

 

部屋に入ると同時に、さっきと同じように壁に押し付けて迫れば、サトリはせめてベッドにと訴えてきたが、俺は構わずそのままそこで彼を抱いた。

「…お前、最低だ」

ぐったりと、息を荒げながらもそんなことを言ってくるものだから、俺は彼をベッドまで抱きかかえて行くと、にこりと笑って唇を寄せる。

「ベッドなら、良いんだろ?」

「違ぇよっ…!がっつき過ぎだっつってんだよっ!!」

ぎゃーぎゃー喚くのは愛情の裏返しということにして、俺は構わずそのまま彼を堪能する。
馬鹿だとか、変態だとか、散々騒いでも。最後には身体の感覚に負けて、切なげに啼く。
その姿を見ることが出来るのが、そうさせているのが自分だと思うだけで、幸せで幸せで愛しくて、泣きたくなった。

「…なんつー顔してんだよ、襲われてるのはこっちだってぇのに」

「え、あ、いや…うん」

はは、と何を誤魔化すわけでもないのだが、笑って誤魔化すと。サトリは、少し困ったように息を吐いた後、突然、腹が減ったとぼやいた。
色気の欠片も無い言葉だが、その彼らしい気遣いに心臓の辺りがふわりと綻んだ。

「ん?うん、そうだね、そう言えば朝から何も食べて無かったかも…」

「夕飯食いに行こうぜ」

その提案に頷いてみせると、彼はほっとしたような笑顔を見せるのだった。

 

 

□■□

 

 

ホテルでディナーというのは避けて、こういう機会だからこそということで、大衆向けの店に入った。
適当に選んだのだが、どうやら当たりだったらしく。安くて美味しいと言うこと無しで、サトリは上機嫌のようだった。
そこまでアルコールに強くない彼だが、いつもよりも酒の進みが速い。
美味しい美味しい、と幸せそうに食べている姿は、こちらまで幸せな気分にしてくるから不思議だ。
思わず箸を止めて、その姿を見ていると。彼は何を勘違いしたのか、口に合わなかったか?と小首を傾げて俺を見返してきた。

「いや、凄い美味しいよ」

と、それに答えながら、思わず、君の方がもっと美味しそうだよと口走りそうになった自分の口を寸での所で止めた。
流石に、その発言はどうかと思うと、自分の中に残っていた理性が働いてくれたらしい。

 

食事の後は、少し休んでから温泉へ向かった。
ベラヌールは水上都市として名を馳せているが、温泉の豊富さでも有名な都市だった。
何故か都合良くホテルの露天風呂が貸切になっていて、まあ、恐らくはうちの敏腕な秘書のせいだとは思うが、兎に角その好機を逃す手は無いと、貸切を思う存分堪能した。
色んな意味で。

 

部屋に戻ると、俺のせいでのぼせかけたサトリは、気だるそうにベッドに伏してしまった。
実は、というか当然のように、部屋に戻ってからもいちゃつこうと考えていた俺は、それを見て流石に悪いことをしたかもしれないと反省した。

「水…飲みたい」

ぐったりと訴えてくる彼に、コップを差し出そうとして、俺は思い立って、その中身を自分であおると、きょとんとしている彼に構わず口移しで水を飲ませた。

「なっ……んっ」

飲み込みきれなかった水が顎を伝うのを、舌で舐め取る。

「ば、馬鹿野郎!普通に飲ませろよっ…!!」

さっきあれだけ乱れていたのが嘘のように、これだけのことで真っ赤になる。
駄目だ、可愛過ぎる。

「これぐらいさせてくれたって良いだろう?今日はもう何もしないからさ」

「…なっ!当たり前だ、馬鹿!!俺を殺す気かっ?」

何を言い出す気かと喚くのを、ぎゅっと抱きしめることで黙らせると、彼は身体を強張らせた。

「大丈夫だよ、何もしないって」

「分かってるよ、馬鹿!」

馬鹿馬鹿言ってる割に、思わず身構えさせてしまうぐらいには、俺は今日がっついていたということなのだろう。
もう一度、一人心中で反省をして、宥めるように背をさする。

ぽんぽんと赤子にするようにその背を叩いてやっていると、宥めていたこちらが驚くほどの早さで、すーすーと寝息が聞こえてきたから、思わず苦笑が漏れる。
余程疲れていたのだろう。
そう言えば今朝会った時、最近忙しかったと言っていた。

「ごめん、無理させた」

目を覚まさせないように小さく謝罪の言葉を口にして、俺も彼を抱いたまま眠りに落ちた。

 

 

□■□

 

 

朝陽に目が覚めると、腕の中の彼はどうやらまだ夢の中のようだった。
安心し切った顔で眠っているその姿に、自然と頬が緩む。
陽の光にふわりと輝く蜜色の髪に指を通すと、ぅんんと小さく喉を鳴らして擦り寄ってきた。
そのまま暫くすぴすぴと寝息を立てていたが、漸く目が覚めたのか、ゆっくりとその瞼が開かれた。
陽光を吸い込んだ瞳は、綺麗なエメラルドグリーンだ。

「おはよう」

俺はそう言って、今しがた上げたばかりの瞼の上に唇を寄せる。
それにくすぐったそうに肩をすくめながら、彼も同じように、おはようと微笑んだ。
多分、今、この世で一番幸せなのは自分なんじゃないだろうかと思いながら、その微笑を噛み締めた。

 

その日は、二人で視察とは名ばかりの観光を楽しんで、そしてまあ、いちゃついたのは言わずもがなだ。
即位する前の留学時代。国を離れて、今よりも大分自由に振舞うことの出来たあの時。
戻りたくても戻ることは叶わないし、恐らくこれからは今以上に会うことも少なくなるだろう。
もともと先の分かり切った関係だ。
嘆いたところで変わりはしないから、離れたくないとか、ずっと一緒にいたいとか、そういう言葉は言わずに喉の奥に押しとどめてきた。
けれど、帰国のために空港に向かうその道すがら、彼がぽつりと「帰りたくない」と呟いたのを聞いて、俺は思わず「帰したくない」と返していた。

「ばーか、何無理なこと言ってるんだよ…」

「だって、俺、馬鹿だし」

真顔でそう告げれば、サトリは俺も馬鹿だったら良かったと言って今にも泣きそうに笑った。

「でも、ほら。俺達の秘書が物凄く有能じゃないか。また、会えるよ」

「はは、違いない」

『二人を幸せにし隊』なる同盟の一員だという自分の秘書に思い当たったのか、サトリは何とも言えない顔で笑う。

「また、旅行しよう」

「ああ、そうだな」

いつとは言えない約束だけれど、それだけでも、とても幸福な気持ちになれた。

 

 

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というわけで、これこそ山もオチも意味も無い話だろうというものを書いてみました。
書きながら、爆笑した話は初めてです(笑)
とんでも設定で超が百個ぐらい付くバカップルでした☆
あー、笑った笑った。







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