嘘を吐いた数なんて数え切れやしない

 

 

Second Truth  ACT2

 

 

嵐の真っ直中。正にそれだった。 

「っな、何だよ、これ…!どうなってやがんだ」 

荒れ狂う気流が渦を巻き、周囲の物を全て薙ぎ倒していた。
気流と共に膨れ上がる稲妻がバチバチと音を立て、日も陰り出した城内を青白く染め上げている。

「何だよ、これ。…これが旅の扉か?」

思わず口走った言葉をもう一度呟く。
何が起こったのか検討もつかないが、確かにこれは旅の扉だったはずだ。
『あの島』に繋がっている唯一の道だったはず…。
そう。確かに、繋がっていたのだ。
ローレシアから遥か遠く、南方の孤島へ。

「皆!ここは危険だ。下がっていろ!」

一喝するようなロランの声で俺は我に帰った。
それは周りの兵士達も同様だったらしく、呆然と立ち尽くしていた彼らから次々と声が上がる。

「陛下もお下がり下さい!危険です!ここは我々が…」
「いや、私に負かせておけ」

言うが早いか、ロランは荒れ狂う旅の扉の中心、その奔流へと足を向けた。

「お、おい!ロラン!」

危ねぇ、戻れ。
止めようと呼び掛けた言葉は、口をつく前に絶たれてしまった。

「サトリ。君も下がってろ」
「っな…」

思わず追い掛けた俺を見ずして、ロランは一刀のもとに斬り捨てる。
一瞬、むかっときたのだが、今はそんなことを言っている時ではない。
どんな秘策があるのか知らないが、この状況で旅の扉に近付くのは、どう考えても無謀だ。
俺は、ロランの言葉を無視して駆け寄った。



だが。


「サトリ!」

険を含んだ声が俺の名を呼んだ次の瞬間。

目の前が白光に覆われたのだ。

「うわっ…!」
「なん……っ!」

反射的に目の前を腕で庇う。
その隙間から、辛うじて前方が垣間見えた。



やばい。


急激に膨れ上がる光の渦。


これはまずい、と。

そう思う間もなく、旅の扉から迸った閃光は俺を飲み込んでいた。

 

 

 

□■□

 

 

 

くすぐってぇな。
ふわり。鼻先を掠めた何かに俺の意識は呼び戻された。
ふるふると頭を振りながら体を起こすと、ひらりと一枚の薄紅色のものが手の平に落ちてくる。
その正体を考えるより前に、胃の腑が持ち上がるような浮遊感と目眩の名残に、俺の思考は追いやられた。
どうやら旅の扉を通って来たことは確実のようだ。
かつて何度か体験したことのある感覚に、ぼんやりした頭がそう決断を下す。

さて、一体どこに跳ばされたのやら。
やはり、あの孤島なのだろうか。

顔に乱れかった髪を手の平で掻き揚げながら辺りを見渡して。
 

 

俺は絶句した。

 

 

「………ロン、ダル…キア?」

ぽつり。意図せずに漏れる声。そして、その地の名。
恐らくここは、かつての決戦の地ロンダルキアだ。
だが、決して、この地に跳ばされたことに驚いたわけではなかった。

ただ。その地が。あまりにも己の記憶の中のそれとは異なっていたから。


俺は一面薄紅色に染まる、かつての白い大地に心奪われた。



「…トリ、サトリ!」
「ぅおあっ…!」

突然。ぽんと肩を叩かれ、俺は素頓狂な声を上げた。
がばりと後ろを振り返って、思いっ切り怒鳴りつける。

「ロ、ロランっ!驚かせてんじゃねぇよ!」
「え、あ。ごめん」

過剰に驚いたことへの八つ当たりだったというのに、律儀に謝ってくるロラン。

あーっ!もう!そこで謝るなよ!お前は!
胸の内でこれまた理不尽なつっこみを入れる俺。

こいつはお人好し過ぎるんだ。絶対。
戦闘中の鬼っぷりを少しはそれ以外に回した方がいいんじゃねぇのか。

俺が悶々とロランの性格云々を考察している傍ら、本人は何事もなかったように今の状況を説明しだしていた。

ロラン曰く。
俺より先に意識が戻ったこいつは、なかなか起きない俺を安全そうな場所に残し、先に辺りの様子を見に行っていたのだそうだ。

「で。やっぱりここはロンダルキアなのか?」

今し方得た確信をロランに告げる。
すると、ロランは神妙そうに頷いた。

「ああ。間違いない。少し行くと双塔が見えた」
「まじかよ…。よりにもよってロンダルキア…」

がくりとうなだれる俺に、はは、と笑って見せるロランの顔もどこか力無い。

「旅の扉の誤転送なんて聞いたことないけど、サトリは何か知ってる?」
「さあな。俺もさっぱりだ」

正規の転送先以外にも人を跳ばすことが可能なのか。
そして何故、行き着く先がロンダルキアなのか。
そもそも何故ローレシアの旅の扉が暴走したのか。
分からないことだらけだ。

「それで、サトリ。ルーラを頼みたいんだけど」
「ルーラ?」
「ああ。君のルーラなら直ぐにローレシアに帰れるだろう?」


ローレシアに、帰る?


不意に意識が鮮明になった。
いや、こういうのを現実に引き戻されると言うのかもしれない。

そうだ。今日はこいつの婚礼の儀だったんだ。

つい先程まで認識していたはずの現実が、あの書簡を手にした時のように、じわりと足下から這い上がってきた。


気持ち悪い。


途端に生まれた不快感に俺は拳を握った。

「サトリ?」

怪訝そうな瞳が俺を映し出していた。

あの時の妻のようにロランが不思議そうに呟く。


そして俺はあの時と同じように口を開いた。




「ルーラは、使えない。」




「え…」

嘘だ。

使えない、なんて、嘘だ。
よくもそんな嘘が言えたものだ。

「すまない。最近呪文から離れた生活をしていたから、調節が難しい転移系の呪文は使えなくなったんだ。」


そしてこれも、嘘。

むしろ、呪文は以前よりも力を増したはずだ。
旅をしていた頃よりもずっと。

いつかまた、ロト三国の危機があれば、その時はもう一度力を合わせよう。
そう誓い合ってから片時も修練を怠ったことはなかった。
平和で在り続けることこそが望みではあるが、その誓いだけが、あの長く短かった旅との、最後の繋がりに思えたからだ。

残された最後の拠り所だったのだ。


ロランの顔を見返す。
ほんの僅か訝しげな表情をしたかに見えたが、もう次の瞬間には笑っていた。

「そうか。それじゃあ仕方ないね」
「すまない。」

罪悪感と後悔で彩られた俺の謝罪の言葉は、ロランにどうとられたのか。
ロランは、俺なんて未だにホイミさえ使えないよ、と少しばかり大袈裟に溜息を吐いた。
その彼なりの優しさは、今は只、俺の汚さを浮き彫りにするだけだった。

「で、サトリ。これからのことなんだけど」
「あ、ああ」

さっぱりと切り換えたロランに合わせ、俺も無理に頷く。

「ここから徒歩で帰るとなると…」
「洞窟を抜けるか、あの祠の旅の扉、だろう?」

そりゃ絶対に旅の扉に決まってる。あの洞窟を抜けるだなんて金輪際御免だ。

徒歩で帰る原因をつくったのは自分なのだが。そう言ってやると、ロランも、もちろん祠から一端ベラヌールへ抜けるつもりだと言った。

「ただ、その前に、兄上の墓に行ってもいいかな?」

兄上。その言葉にはっとなる。

邪教に身を墜とした大神官ハーゴン。
本当の名を、ロウエン・リュシュカ=ロト・ローレシア。
ロラン・エルデ=ロト・ローレシアの実の兄だ。

その事実を知っている者は少ない。

「そう、だな。せっかくロンダルキアに来たんだ。行っとこうぜ」


ありがとう。


風に舞う薄紅色の花びらに、ロランのその言葉はふわりと運ばれた。












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