たまには本音を混ぜたって良いだろう?




Second Truth  ACT3




その周囲だけ、一際濃く紅色が舞っていた。

「…凄いな。サクラ」

崩れ掛けた双塔を守るように、薄紅色に染まった樹々が枝を広げている。
その樹々の名を「サクラ」と呼ぶのはロト三国とラダトームだけだった。
初代ロト継承者がこの樹を見て、そう呟いたのが始まりだとされている。
「地上」のとある国で、とても愛されていた樹だったという伝承が残っているのだ。

「ああ。凄く綺麗だ」

地に突き立てられた一振りの杓杖。
彼の人の墓標に祈りを捧げていたロランは、立ち上がり様に呟いた。

ここに初めて訪れてから、まだ5年と経っていない。
恐らく、もともとここはサクラの花開く地だったのだろう。

邪神の力の影響で永久凍土と化したロンダルキアしか見たことのない俺は、終始この美しさに圧倒されていた。

「サトリ。ありがとう」

と、俄かに響いた感謝の言葉。
不意の台詞に戸惑う。

「や、別に、そんな改めて礼を言われる程のことしてねぇよ。ここまで大した距離でもなかったし…」

さっきもそうだったが、たかだか墓参りに付き合ったぐらいで何度も感謝されては堪らない。
俺は落ち着かなさに外方を向き、サクラを眺める振りをした。
すると、ロランは目の前の杓杖へとその瞳を移す。

一拍。二拍。ほんの少しばかり杓杖に止どめられた視線は、そして再び俺へと帰ってくる。
 

 

 

「ロウエン、って付けてくれただろう?」

 

 

 

何のことだろう、なんて馬鹿な疑問は抱かなかった。
だが。思わず目を見開いてしまったのは事実だ。

まさか。この場所で。
このタイミングで言われるとは思ってもみなかったから。

何とも言えない想いに駆られた。

「それこそ、お前に感謝される云われはないな」

自分がしたことに大した意味は無かった。
もちろん。何の意味も無かったわけではなかったが。

ただ。ハーゴンという男が、余りに憐れに思えたから。
せめて、彼が捨てざるを得なかったロウエンという名を、慈しんでやりたいと、そう思ったのだ。

だから、その名を我が子へと付けた。
ただそれだけの。傲慢ととられてもおかしくはない自己満足に過ぎなかった。

「サトリは凄いよ」

臆面もなく告げられる。

「さらっとそういうことが出来るのって、凄く優しいってことなんだと思う」

恥ずかしいやつだ。
気負い無く続いたその言葉に、言っている本人よりも俺の方がたじろいだ。
しかも、本心からの言葉だと分かってしまうから尚悪い。

俺は強制的に話題を変えることにする。

「そんなことより、だ。そろそろ祠に向かわないとまずくないか?ここからだと…二刻はかかるぜ。日が暮れちまう」

ローレシアにいた時は既に日も陰っていたのだが、時差のお陰でまだここは日も高かった。
と言っても、そう悠長にしているわけにもいかない。
魔物の驚異はほぼ去ったとは言え、魔物そのものが全て消え去ってしまったわけではないのだ。
ましてここはロンダルキア。
旅仕度の無い状態では、日が落ちてから目的の場所に辿り着けるかどうかも怪しいだろう。

適当な正論を引っ張り出して、強引に話題を逸らす。
そんな俺の態度に、ロランは苦笑を漏らした。

「そうだな。そろそろ行こうか」
「おう。」

居心地の悪い会話もどうやら終わり、気を取り直した俺は、少しばかり意気込んだ返事を返してみた。
すると、何故かまたも直ぐに笑い混じりの声が返ってくる。
何だよ、ロラン。そう問い質せば、


「サトリをこれ以上照れさせちゃ悪いからね」


さも楽しそうな顔がそこにあった。


「……………って…」


瞬きを五回。

口を開閉すること、三回。


「……て、照れてなんかねぇ!!」


抗議の叫びが薄紅色の世界に木霊した。

 

 

 

□■□

 

 

 

日没までにどうにか辿り着いたロンダルキアの祠。
入口を抜けて中を見回すと、あの時と何ら変わりのない様子に既視感を覚えた。
だが、かつての司祭と巫女の姿は見あたら無かった。
会えたらあの時の礼を言おうと思っていたのに。
そうぼやくと、ロランも残念そうに肩を落とした。
仕方なく、さっさと目当ての旅の扉に向かう。

「良かった…。ここのは無事だな」

ロンダルキアの旅の扉は俺の懸念していた事態には陥っておらず、ローレシアのような暴走はみせていなかった。
この旅の扉までどうにかなっていたら、あの洞窟を抜けねばならなかったのだ。

助かった…。ほっと息を吐く。そして同時に抬げ始めるどろどろとした感情。
それは罪悪感のようで、どこか違う。

本当は。

本当はルーラを使いさえすれば、今直ぐにだってローレシアに帰れるんだ。
何をそこまで固執する必要がある。
自分でも馬鹿馬鹿しいと、愚かだとも思う。

けれど。…それでも。それでも俺は。

…………俺は…?


「ああ、これでロンダルキアからは抜け出せるな」

そう言って、隣でロランも肩の力を抜いた。
その背を見やりながら、俺は何とはなしに口を開く。

「そう言えば、さ。」
「ん?」
「トランプやったよな」
「…は?」

突然何を、と。旅の扉に踏み入ろうとしていたロランは、怪訝な顔で俺を振り替えった。

ロラン同様、実の所、俺も自分で何を言い出したのか分かっちゃいなかった。
もちろん言っている言葉の意味は分かっている。が、如何せん会話の目的が自分でも把握できていないのだ。

我ながら脈絡が無さ過ぎる。
今日の俺は本当にどうかしているな。

そう胸中でぼやきながらも不思議と言葉はするすると口を滑り出た。

「やっただろ?トランプ。ほら、ここを発つ前の晩」
「え、あー…。あぁ!そう言えば。…確か、ババ抜き?だったっけ」

合点がいったのか、ロランは軽く手を打った。
そうそれ、と俺は頷いて見せる。

「辛気臭くなるぐらいだったらパッと遊びましょうよ!とか言ってルーナが提案したやつ」
「ああ。そうだったね。3人でババ抜きは微妙だとか言いながら、結構盛り上がった覚えがあるよ」
「何だかんだでルーナがさっさと一番にあがっちまってさ」
「二人じゃ盛り上がりに欠けるからって、勝敗に賭け持ち込んでみたら異様に白熱したんだよな」


…賭け…


ああ。そうか。
今の一言で俺は何故今更こんな話題を持ち出したのかを悟った。

「サトリがさ。負けた奴が勝った奴の言うことを何でも一つ聞かなきゃいけないなんて言うからさぁ。凄かったな、あの壮絶なババの押しつけ合いは。」

あれは凄まじい心理戦だったよ。
そう言って笑っているロランに、今になってやっと気付いた本題を持ち掛けた。

「で、さ。覚えてるか?あの時の勝敗。」
「勝敗?…確か引き分けだったかな?なかなか決着付かないからルーナに強制終了させられた記憶があるんだけど」
「そう。引き分けに終わっちまったんだよな…」

一呼吸置いて俺は言う。

「なあ、お前はあの時勝ってたら、俺に何て命令するつもりだったんだ?」

そうだ。自分の言いたいことはこれだったんだ。

大したことの無い、旅の道中の戯れの一ページに過ぎない思い出。
だが、ずっとどこかで気になっていたのかもしれない。

「命令?ああ…。実はあんまりちゃんと考えてなかったんだよ。ババ抜き自体に夢中になっててさ」

聞いてみれば、何とも拍子抜けな回答に肩透かしを喰らった。
自分ばかりが何も彼にもに過剰に反応し、深刻になっているようで薄く自嘲が漏れる。
それでも、あの時の俺は真剣だったんだ。今でもそれだけは言える。

あの頃の、何も彼もに必死だった自分の為にも、俺は言う。


「…俺は。俺は、ちゃんと考えてたよ」


ほんの少しだけロランは真顔に戻って、だが直ぐに微笑んで、どんな?と聞き返してきた。
その問いに、俺は核心を濁して答えた。


「俺の言いたいことを、お前に黙って最後まで聞いていてもらうこと。」

「へえ。意外に普通だな」


普通、か。

普通だったら、俺はあの時あんなに苦しんだりはしなかった。


「なあサトリ。その命令、何だったら今聞いたっていいんだけど」
「は?何で」

こいつは何でいつもこう。全て見透かしてわざとそうしているのか、単にずれているのか。

「だって、何か俺に言いたいことあったんだろ?」
「だからって何でそうなるんだよ」
「いや、何か言いたそうな顔してるから」
「してねえよ。ってか、もう一生言う気は無い。」
「一生って…」
「まあ、兎に角。お前が何も考えて無かったんならそれでいいよ。あ〜すっきりした」
「すっきりしたって…、俺が全然すっきりしないんだけど。気になるなあ」

「いいんだよ、もう。別に…」


俺は、不満そうな顔をしているロランを置いてさっさと旅の扉に踏み込んだ。

「あ、ちょ…サトリ!」

待ってよ。駆け込んできたのか。そんな声が慌てて後ろから付いてきた。

 

 

今日二度目の浮遊感と眩暈の中。俺は最後の自分の台詞を思い返していた。


『いいんだよ、もう。別に…』


別に…「大した事じゃないから」とは言えなかった。


恐らくそれは、俺の人生の中で一番「大したこと」だったのだから。

 

 











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