諦めが肝心なんて本心から言ったためしがない

 

Second Truth  ACT4

 

「なっ…。キメラの翼が無い!?」

何事だ、一体。
店内に響いた突然の大声に、俺は暇潰しに見ていた硝子細工の小瓶を取り落としそうになった。
わたわたと紙一重で掴んでそれを棚に戻し、俺は大声の主へと顔を向けた。

「無いって、一つも、ですか?」

食い下がるロランに、道具屋の店主はカウンター越しに告げる。

「ごめんなさいね。ここ最近、キメラ自体がいなくなっちゃったみたいで、仕入れられないのよ。」
「そう…、なんですか」

本当にごめんなさいね。そう言って何度も頭を下げる店主にロランは礼を述べ、くるりと踵を返した。
店の出口で待っていた俺の所まで来ると、ロランは済まなさそうに笑う。

「サトリ、キメラの翼は無いみたいだよ」
「…みたい、だな。」

キメラの翼が希少になってきていたのは知っていたが、よもや手に入らないとは思ってもいなかった。
キメラの翼を使ってローレシアに戻る予定は、これでは叶いそうも無い。

もう、俺一人の我侭を通せるような事態ではなくなった。
こいつは一国の主。
そして今日はローレシアにとっても、こいつにとっても重要な日だ。

流石に…
流石に、自分の我侭を押し通すわけにはいかねぇよ、な。


「なあ、ロラン。本当は…」
「懐かしいな」

――本当は俺、ルーラ使えるんだ。


決死の覚悟で言おうとした言葉は、それに被さるようにして発せられたロランの言葉に掻き消された。

「サトリは、懐かしくないか?」
「…そ、そりゃあ、懐かしいよ」

何だよ急に。
本当のことを言ったら、怒鳴られるか、呆れられるか、あるいは軽蔑されるのか…。
何れにせよ、それなりの覚悟を持って言ったってのに、それが不発に終わったせいで、一気に気が抜ける。
直ぐに言い直せば良いものを、目の前で懐かしそうに町並みを眺めている男のせいにして、俺は今一度こいつに嘘をつくことに決めた。もう少しだけ、黙っていよう。


――あと少しでいいから、並んで歩いていたかった。


「この街じゃあ、色々あったよな…」

本当に懐かしい。
二人揃って口をついたのはそんな言葉だった。
陳腐な台詞に違いはないが、この街にはその言葉を冠すに相応しい思い入れがあった。

ベラヌール。

水の都と名高いが、ほんの五年前まではロンダルキアへ通ずる唯一の道として、暗部での「邪教」浸透が著しかった街だ。
加え、ロンダルキアから逃れてきた民族の文化も入り交じり、良くも悪くも非常に活気づいていたように思う。
それに比べれば、今の街は元来の落ち着きを取り戻したように感じられた。

「何か雰囲気変わったな、この街も」
「まあ、5年も経ったしね」

5年、か…。
長いようで短かったのか。短いようで長かったのか。
自分の周りはどんどん変わっていくのに、自分の感情は何一つ変わっていなかった。
今日こいつに会って、どれだけ悔やんだか、絶望したか、自分でももう分からなかった。
変わったと思い込んでいたのに、結局時間は何も解決しちゃくれなかったんだ。

つと、隣を行くロランを見上げる。

…見上げる…?
そして今更に気付く。

「なあ。お前、背伸びてないか?」

俺とこいつの身長差は確か3寸なかったはず…。何か4寸ぐらいないか…?

「そうかな?流石にもう伸びてないと思うけど。ああ、でも数年前までは伸びてたような気も…」
「やっぱり…。あ〜、何かむかつく。気に食わねぇ…俺もあと一寸は欲しかった…」
「むかつくって…。サトリは今のままが一番だよ」

一番って何だ。これは喜んでいい所なのか、それとも悔しがるべき所なのか。こいつの会話のテンポは昔から良く分からない。

多分悪気は無いんだろうな。そう思うと肩の力が抜けた。もとい。脱力したと言うべきか。

「で、これからどうするんだ」

自分で切り出しておいて何だが、俺はさっさと話題を変える。
身長云々をとやかく言ったって、どうせ俺が惨めになるだけだ。

そうだね。一言そう漏らしてロランは夕闇の迫った空を見上げる。
西日に照らされたその眦が、僅か思案気に歪んだ。
…あ。この顔、懐かしいな。
変わったことが多すぎて、そんな些細な仕草に嬉しくなる。
旅の行く先を決めるとき、よくこんな顔をしていたっけ。

「もうすぐ日も落ちる。今日は宿をとって、明日、国に連絡を入れよう。」
「ああ。まずはそれが優先事項だな。旅の扉で跳ばされたのは知っているから、そこまで混乱してないと良いんだけど。…で、それからどうする?」
「うん、その後は…」
「後は?」

再度聞き返すと、ロランは暫し考え込む素振りを見せたが、にこりと笑ってこう言った。


「明日、考えよう」


………。やっぱりこいつのテンポは良く分からない。

でもまあ、それが落ち着くって言えば落ち着くんだけどな。

 

 

 

□■□

 

 

 

「まさかこの部屋になるとはね…」

予想だにしなかった展開に、俺もロランも某部屋の前で立ち尽くした。
この宿を選んだのは何度となくお世話になったから、という単純なものであったのだが。
何故今日に限ってこの部屋しか空いていないんだ。

二階の角部屋。南向き。陽当たり良好。

「この部屋自体は良い部屋なのに…」

無意識に口をついた言葉に、部屋の鍵を開けていたロランも複雑な顔をした。
キィと微かな音と共に扉が開く。

これは懐かしいと感動すべきなのだろうか。

それはそれで自虐的な気もするんだが。

俺はあの時と全く変わらない内装に何とも言えない感覚を覚えた。
うんざり?いや、げんなり…か?それともやはり懐かしい、なんだろうか。

「サトリ、何突っ立ってるんだ?」
「あ、ああ」

中々部屋に入ろうとしない俺に、既に外套をとって寛ぎだしたロランが声を掛ける。
俺もロランに倣って服を寛げながら、宛がわれた寝台に腰を下ろした。

「今日は色々あったな」

珍しく少し疲れた素振りを見せるロランに俺も頷く。
本当に色々あった。と言うよりも、あり過ぎたと言った方がしっくりくる。
個人的には5年振りに訪れた怒涛の一日だった。

「まさかこんな事になるなんてな」
「はは…本当に」

用意されていた湯桶と浴布を使って体の埃を落としながら、他愛もない会話を続けた。
こうしていると、5年前の日常が戻ってきたかのようだ。
下らない話で夜遅くまで話し込んだり、疲れ果てて話しの途中で眠られたり、眠っちまったり。
泣いたり、怒ったり、笑ったり。

本当に。楽しかった。

「サトリ…」
「ん?」

改めて名を呼ばれて、俺は顔を向ける。
すると、俄かに絡まった視線に俺は戸惑った。

「今君とこんな所に居るなんて、今朝は思いもよらなかった」

何を今更。そう思いながらも、真摯に向けられた眼差しから目線を逸らせなかった。
急に顔つきの変わった相手に内心焦りを覚える。
過去に一度だけ感じたことのある、分類し難い焦燥を追い払うように、俺はわざと軽い口調で答えた。

「悪かったな。折角の新婚初夜に俺なんかと一緒で。」

軽口のつもりで言った台詞なのに、どこか投げやりになってしまう口調。
我ながら女々しいことこの上ない。

今日何度目かになる溜息を胸の内で抑える。そんな俺の気持ちなんか分かっちゃいないんだろう。
ロランは馬鹿みたいに真っ直ぐに俺を見て、そして言った。





「俺は。サトリと一緒に居られた方が良かったよ」





どうして、この期に及んでそんなことを言うのか。


「な…、おま。…そう言う冗談は止めろよな」


そう言って流せば、一瞬、ロランの表情に怒りが浮かぶ。
でもそれは本当に一瞬のことで、直ぐに微かな笑みを張り付かせた真顔に戻った。

「冗談だと、思うの?」
「冗談以外のなんだって言うんだよ」


ぞくりとするような焦燥感が膨れ上がる。



「俺はサトリのことが――」

『僕はサトリが――』



5年前の声と今の声が重なった。
その続きを絶対に聞いてはいけない。
その言葉に耳を傾けることは、5年前よりもずっと、ずっと難しくなったのだから。


「馬鹿も休み休み言え」


先に寝るからな。
そう言って、俺はこれ以上話すことは無いと寝台に潜り込んだ。
背を向けるようにして掛け布を引き上げると、ぽつりと俺の名を呟く声が聞こえる。
その声から逃れるようにぎゅっと目を瞑った。


『僕はサトリが――』
『サトリを――――』


蘇る言葉。
消えない、消せない言葉。

今でもまだ鼓膜を打つその音は、心臓の辺りを縛り付けて離さない。

俺はいつまで、この感情を抱えていればいいのだろうか。



『僕はサトリが――』
『サトリを――――』



ああ、そう言えば、こいつが「僕」と言ったのはその夜が最後だった。


眠りに落ちる寸前のぼんやりとした意識の中で、そんな大切なことに今更になって気が付いた。




 






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