覚悟を決められなくなったのは、いつからだろう

 

Second Truth  ACT5

 

チチチという小鳥の囀りと淡い日差しに目が覚めた。
眩しさに数度瞬きをして、視界に入る見慣れぬ部屋にしばし戸惑い。
そして次の瞬間にはがばりと隣りの寝台に目を向けた。

「………………」

いない。

主のない寝台に不安が掠める。
が、つい先程までそこにいたのであろう跡を認めて思わずほっと息を漏らしてしまった。

「…あ〜、情けねぇ…」

手の甲で目頭を押さえ付けて自嘲する。
ぱたりともう一度寝台に突伏して、俄かに込み上げて来たものを枕で誤魔化した。
小さく濡れたそのシミを見ていると、自分の愚かさを見せ付けられているようで。

「馬鹿か俺は…」

ぽつり。そんな言葉が口をついた。


昨夜のことを思い返す。
拒絶したのは俺なのに。拒絶されることに怯えている。

諦めて。諦めてきたのに。本当は…。

「ロラン…」

なのに。
無意識に呟く名は、どうしていつもアイツのものなのか。
ぽたりと、またも零れそうになった涙を慌てて拭っていると、部屋の扉が小気味良い音を立てて開かれた。
するりと部屋に入ってきた相手にはっとして、思わず滑稽なまでに跳ね起きる。

「良かった、サトリ。目、覚めたんだ」

驚きも露な俺に少し不思議そうな顔をしたロランだったが、いつものように笑ってみせた。

「ああ。お早う」

少しばかり手遅れな気もしなくはないが、平静を装って応えると、彼は片手に持ったトレイを掲げて見せた。

「うん、お早う。朝食もらってきたよ」

焼きたてのパンと暖かいスープの香りが鼻をくすぐった。
正直食欲なんてこれっぽっちも無かったが、俺は上着を羽織るとロランが用意してくれた椅子に腰を掛けた。

小さなテーブルを挟んで向かいに座ったロランは何故か無言で。
伺うようにじっとこちらを見てくる。

「…なんだよ」

居心地の悪さに訴えると、ロランははっと我に返り、慌てて表情を崩した。
決まりが悪いのか、照れたような顔をして。だが、視線は少しも外してこない。

「目、覚めてくれて安心した。」
「…?」
「多分、この部屋のせいかな。君が起きてこないんじゃないかって思ったんだ。」

ああ、それでか。さっき「良かった」って言ったのは。

「阿呆かお前は。そうそう呪われてたまるか」
「うん。それは、まあ、分かってるつもりなんだけど…」
「分かってるなら、そんなことで一々深刻になるな。」

そう言ってやれば、ロランは苦笑して。
でも、まだ納得できていないのだろう。またも、少し不安げな顔で俺を見る。

そりゃあ、あの時は凄い迷惑かけたし、心配させたけど…。

「なあ、ロラン。俺、あの時言ったよな?」

言い聞かせるように殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。



「お前より先に俺はどうにかならない、って」



世界樹の葉の力で意識を取り戻した時、真っ先に聞こえたのはこいつの怒声だった。
馬鹿だとか何だとか、まあとにかく怒られて。
不可抗力なんだが、と思う間も無く痛い程に抱き締められた。

どうしたもんだろうと、傍らのルーナに顔を向ければ、
暫くそうさせてあげなさいよとばかりに微笑まれてしまった。


仕方なくされるがままになっていたら、そのうちに聞こえてきたロランの嗚咽に何故かこっちまで泣きたくなってきて。
大の男が二人してわんわん声を出して泣いたのを覚えている。


その時誓ったのだ。
ロランより先には死なない、と。



だが…

「でも、サトリ約束破ったじゃないか」

やっぱり、そうくるよなぁ。

予想通りの反論に、俺は引きつった笑いを浮かべた。

「いや、まあ…、あれも不可抗力っつーやつで…」
「どこらへんが不可抗力だったんだい?」

にっこりと微笑まれる。
でも、目が一つも笑っちゃいない。

おいおいおい。目茶苦茶怖いんですけど…。

「え、まあ、うん。一応助かったんだし、もう気にすんなよ」
「気にすんなって…!君はっ…」

がたりと音を立てて立ち上がり掻けたロランだったが、直ぐに思い直したのか。
はあ、と盛大な溜め息をついて椅子に座り直した。

「まあ、あの時思いっ切り殴っといたし。今更蒸し返しても仕方無いとは思うけどさ…」
「そうそう。アレ、凄い痛かったんだからな」

相手の殊勝な言葉尻をとって反撃すれば、ロランはすっと押し黙った。

そして、今にも泣きそうな顔をして言うのだ。



「もう絶対に、あんな呪文は使わないでくれ」



さあっ、と微かな音をさせて朝の冷えた空気が一筋窓から入って来る。
その風がいつもより冷たく感じられて、俺は思わず俯いてしまった。

「分かってるよ。もう絶対にあんな真似はしない」

ロランの顔を見られなくて、冷めかけたスープに向かって呟いた。
すれば、

「分かればいいよ」

そう僅かに頷いて、仕方無いなぁとロランは笑うのだ。



あ、コイツのこういうところ凄く好きなんだなぁ、なんて今更気付く。



「ああ。以後気を付ける」

ぶっきら棒に応えると、ロランは苦笑して、直ぐに俺を許してしまう。

出会った7年前も、別れた5年前もそうだった。
思い出す度蘇るのは、そんな記憶ばかりで。

「あ、ごめん!朝食冷めちゃったね、早く食べよう」

そう申し訳なさそうにするロランに、俺は聞こえないぐらい小さな声で言ってみた。




「いつも ありがとな」




それは本当に小さな声だったから、相手に届くことは無かった。

「え、何?何か言った?」
「何でもねぇよ」


不思議そうに聞き返してくる相手に満面の笑みで返してやれば。
何故か目の前の男はぼっと頬を赤くしたのだった。









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