起きている時に夢はみないはずだった


Second Truth 
ACT6


呪文の技術が高かったロトの時代はどうだか知らないが。
呪文の衰えだした今現在、連絡手段といったら書簡ぐらいしかなかった。
鳥を使うにしろ早馬をとばすにしろ大陸が違うとなると、その早さも高が知れている。
徒歩と旅の扉で帰ろうとしている自分達と、一体どちらが早く目的地に着くだろうか。

実際微妙なとこだな。

「書簡より早く着いちまうかもな」
「それはまあ仕方無いよ」

そう苦笑する相手には絶対に言えやしないが。書簡何か届かなければ良い、連絡何かとれなければ良いと、思わずそう思ってしまった自分がいた。

無責任極まりないな。

ベラヌールの青い空を仰ぎ見て、そんな自分に途方に暮れる。

「どうかした?サトリ」
「いや、何でもない」

一足先に街門をくぐっていたロランが、きょとんとした顔で俺を見ていた。
慌ててその後を追って街を出ると、ロランはふわりと微笑んで踵を返し、何事も無かったように歩を進める。

「………っ」

不意をついたその自然な微笑みに、思わず心臓が跳ねた。
旅の最中では良く見ていたはずのその顔。
なのに。改めてそんな表情を見せられると、心から思う。

当時の自分はどれだけ鈍かったのか。


そして。



どれだけ幸せだったのかを。



「本当にどうかした?」

なかなかついて来ない俺に、今度は少し心配そうに訊いてくるから。

「何でもねぇよ」

もう一度そう言ってやって、俺達はベラヌールを後にした。





□■□





街を出てからそんなに経っていないが、ふと振り返れば、ベラヌールは大分小さくなっていた。
街を囲うようにある湖と沃野が目の前に広がる。
かつて何度か見た景色。
いつか、また、この風景を見られる時はあるのだろうか。
また、来られたら良い。そんな風に思って。

多分。恐らく。
もう、そんなことは無いと分かっているから。
少しだけ正直になって、その言葉に、もう一つだけ言葉を付け加えた。



また、「こいつと」来られたら良い。



我ながら、感傷的になり過ぎている。
ふと漏れた溜め息に気付かれてはいないかと、横目でロランを伺った。
すると、彼もまた同じように遠くの街を見ながら小さく呟いた。


「また、一緒に来られたら良いな」
「…え」


今、何て。そう言おうとして、

「あ、いや…その」

別に咎めた訳でもないのに、ロランは自分の口元に手をやると、ばつが悪そうに顔を背けた。

呆気にとられているうちに、次第にその耳が朱に染まっていくものだから、俺は思わず吹き出してしまった。
自分は絶対に胸にしまっておこうと思った言葉を、まさか、その相手に言われてしまうとは。

可笑しい。何か馬鹿馬鹿しくなってきた。

ひたすら隠そうとしていた自分が滑稽に見えてくる。


やばい。すっげー笑えてきた。


赤くなっているロランを余所に、俺は声をたてて笑い出した。
腹を抱えて笑っていると、何故かぽろりと涙まで零れて来るものだから、自分でも驚いて、悟られないように目許を拭う。


「なっ…!笑わなくったっていいだろ!」
「笑ってねぇよ」
「いや、どう見ても笑ってるんだけど…」
「ほんと、笑ってねぇって」
「どこが」
「いや、これはなんつーか、ほら、あれだ」
「何?」
「…うーん」

そこで少し悩む。言うべきか言わざるべきか。

「サトリっ!」

本当はロランに言ってしまいたかったのかもしれないその言葉を、咎めるような声に負けたことにして、俺はなるだけ自然に答えてやる。


深い意味はないように。
ただ普通にそう思ったと、そう、伝わるように。


「だから、嬉し笑いってやつだよ」
「嬉し…笑い?」
「そ。何かさ、お前も同じこと考えてたみたいだからさ。俺も丁度、またお前と来たいなって思ってたとこだったから…。」
「サトリ…」
「うん。まあ、そういうことだから。ありがとな!」


普通に。友人としての言葉に聞こえただろうか。


「そっか、うん。本当にまた一緒に来られたら良いな」
「ああ。」

二人で遠く離れたベラヌールを見遣って、そしてどちらともなく、その街に背を向けた。そして一歩、二歩と歩を進める。

と、不意に思い立ったようにロランが言う。


「サトリはさ、他にどこに行きたい?」
「他って?」
「何て言うか…、また、旅に出るとしたら、どこか行きたいとことかあるのかなって思ってさ」

また、旅に、か。

「そうだな…」


行けるものなら、どこだって。


そう言おうとして止めた。
そんな答え方じゃ、卑屈過ぎる気がしたから。

こんな時ぐらい夢を見たって良いのかもしれない。



「そうだな…、『地上』に行ってみたいな」



「『地上』?…へぇ。何かサトリっぽくない答えだな」
「おい、俺っぽいって何だよ」
「いや、何か非現実的と言うか何と言うか…」

まあ、自分でも思っていたが、やはりちょっと夢を見過ぎたらしい。

「まあな。『地上』なんて所詮伝説に過ぎないからな」

当たり前のように広がる空を見上げても、『地上』らしきものなんかこれっぽっちも見えやしない。


『地上』に行きたい。


そう言った自分の言葉に苦笑していると、隣りを歩くロランがきっぱりとした声音で言った。


「うん。今度旅する時は『地上』に行こう!」
「ロラン?」


自分で言っておいてなんだが、若干呆れた声が出てしまう。
にも拘らず、ロランは言葉を続けた。

「いつになるか分らないけど…、それこそ来世に、何てことになるかもしれないけど」
「ロラン…」

今度は、その思い詰めた様子に俺は声を漏らす。





「生まれ変わったら、今度は『地上』で一緒に旅をしよう」





多分。

嬉しくて声が出ないって、こういう状況を言うんだろうな。


昨日からやたらに涙腺の弱くなっている俺は、涙を零さないようにするだけで精一杯だった。
















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