起きている時に夢はみないはずだった 呪文の技術が高かったロトの時代はどうだか知らないが。 呪文の衰えだした今現在、連絡手段といったら書簡ぐらいしかなかった。 鳥を使うにしろ早馬をとばすにしろ大陸が違うとなると、その早さも高が知れている。 徒歩と旅の扉で帰ろうとしている自分達と、一体どちらが早く目的地に着くだろうか。 実際微妙なとこだな。 「書簡より早く着いちまうかもな」 「それはまあ仕方無いよ」 そう苦笑する相手には絶対に言えやしないが。書簡何か届かなければ良い、連絡何かとれなければ良いと、思わずそう思ってしまった自分がいた。 無責任極まりないな。 ベラヌールの青い空を仰ぎ見て、そんな自分に途方に暮れる。 「どうかした?サトリ」 「いや、何でもない」 一足先に街門をくぐっていたロランが、きょとんとした顔で俺を見ていた。 慌ててその後を追って街を出ると、ロランはふわりと微笑んで踵を返し、何事も無かったように歩を進める。 「………っ」 不意をついたその自然な微笑みに、思わず心臓が跳ねた。 旅の最中では良く見ていたはずのその顔。 なのに。改めてそんな表情を見せられると、心から思う。 当時の自分はどれだけ鈍かったのか。 そして。 どれだけ幸せだったのかを。 「本当にどうかした?」 なかなかついて来ない俺に、今度は少し心配そうに訊いてくるから。 「何でもねぇよ」 もう一度そう言ってやって、俺達はベラヌールを後にした。 □■□ 街を出てからそんなに経っていないが、ふと振り返れば、ベラヌールは大分小さくなっていた。 街を囲うようにある湖と沃野が目の前に広がる。 かつて何度か見た景色。 いつか、また、この風景を見られる時はあるのだろうか。 また、来られたら良い。そんな風に思って。 多分。恐らく。 もう、そんなことは無いと分かっているから。 少しだけ正直になって、その言葉に、もう一つだけ言葉を付け加えた。 また、「こいつと」来られたら良い。 我ながら、感傷的になり過ぎている。 ふと漏れた溜め息に気付かれてはいないかと、横目でロランを伺った。 すると、彼もまた同じように遠くの街を見ながら小さく呟いた。 「また、一緒に来られたら良いな」 「…え」 今、何て。そう言おうとして、 「あ、いや…その」 別に咎めた訳でもないのに、ロランは自分の口元に手をやると、ばつが悪そうに顔を背けた。 呆気にとられているうちに、次第にその耳が朱に染まっていくものだから、俺は思わず吹き出してしまった。 自分は絶対に胸にしまっておこうと思った言葉を、まさか、その相手に言われてしまうとは。 可笑しい。何か馬鹿馬鹿しくなってきた。 ひたすら隠そうとしていた自分が滑稽に見えてくる。 やばい。すっげー笑えてきた。 赤くなっているロランを余所に、俺は声をたてて笑い出した。 腹を抱えて笑っていると、何故かぽろりと涙まで零れて来るものだから、自分でも驚いて、悟られないように目許を拭う。 「なっ…!笑わなくったっていいだろ!」 「笑ってねぇよ」 「いや、どう見ても笑ってるんだけど…」 「ほんと、笑ってねぇって」 「どこが」 「いや、これはなんつーか、ほら、あれだ」 「何?」 「…うーん」 そこで少し悩む。言うべきか言わざるべきか。 「サトリっ!」 本当はロランに言ってしまいたかったのかもしれないその言葉を、咎めるような声に負けたことにして、俺はなるだけ自然に答えてやる。 深い意味はないように。 ただ普通にそう思ったと、そう、伝わるように。 「だから、嬉し笑いってやつだよ」 「嬉し…笑い?」 「そ。何かさ、お前も同じこと考えてたみたいだからさ。俺も丁度、またお前と来たいなって思ってたとこだったから…。」 「サトリ…」 「うん。まあ、そういうことだから。ありがとな!」 普通に。友人としての言葉に聞こえただろうか。 「そっか、うん。本当にまた一緒に来られたら良いな」 「ああ。」 二人で遠く離れたベラヌールを見遣って、そしてどちらともなく、その街に背を向けた。そして一歩、二歩と歩を進める。 と、不意に思い立ったようにロランが言う。 「サトリはさ、他にどこに行きたい?」 「他って?」 「何て言うか…、また、旅に出るとしたら、どこか行きたいとことかあるのかなって思ってさ」 また、旅に、か。 「そうだな…」 行けるものなら、どこだって。 そう言おうとして止めた。 そんな答え方じゃ、卑屈過ぎる気がしたから。 こんな時ぐらい夢を見たって良いのかもしれない。 「そうだな…、『地上』に行ってみたいな」 「『地上』?…へぇ。何かサトリっぽくない答えだな」 「おい、俺っぽいって何だよ」 「いや、何か非現実的と言うか何と言うか…」 まあ、自分でも思っていたが、やはりちょっと夢を見過ぎたらしい。 「まあな。『地上』なんて所詮伝説に過ぎないからな」 当たり前のように広がる空を見上げても、『地上』らしきものなんかこれっぽっちも見えやしない。 『地上』に行きたい。 そう言った自分の言葉に苦笑していると、隣りを歩くロランがきっぱりとした声音で言った。 「うん。今度旅する時は『地上』に行こう!」 「ロラン?」 自分で言っておいてなんだが、若干呆れた声が出てしまう。 にも拘らず、ロランは言葉を続けた。 「いつになるか分らないけど…、それこそ来世に、何てことになるかもしれないけど」 「ロラン…」 今度は、その思い詰めた様子に俺は声を漏らす。 「生まれ変わったら、今度は『地上』で一緒に旅をしよう」 多分。 嬉しくて声が出ないって、こういう状況を言うんだろうな。 昨日からやたらに涙腺の弱くなっている俺は、涙を零さないようにするだけで精一杯だった。 → |
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