真実に順位なんてありはしないのに、いつも順をつけては誤魔化していた

 

 

Second Truth  ACT7

 

 

魔物の脅威の去った地での旅は、かつての旅と比べられない程に楽なものだった。
美しく在る大地を眺め歩く余裕。
相手の背中を守りながらではなく、隣りあって歩む歩幅。
時に必要以上に弾む会話。
生き残ることで精一杯で、寝る間もないような旅では感じている暇などなかった、想い。
感じないようにしてきた、想い。そんな後悔を否が応でも突き付けられる。思い知らされる。

ベラヌールから北に向かうこと10日弱。決して長くは無いが、それでも短いとは言い難いこの旅は、一体どれだけの後悔と、有りもしない期待を俺に抱かせただろう。

「ここを抜ければローラの門、か」

ベラヌール北の祠。ローラの門へ繋がる旅の扉があるこの祠は、この束の間の旅の終着点と言ってもよかった。
扉を越えた先には、互いの国の者が、自国の王を、自国の王太子を待っているに違いない。

「何か、案外早く着いちまったな」

努めて明るく声を出せば、それに返答はなく、静まり返る祠の中、自分の声だけが小さく反響した。

三つある旅の扉のうち、ローラの門へと繋がる扉へと足を向けながら、後ろを歩くロランの様子を窺えずに、俺は必要以上に明るく振舞った。
無駄に会話を持ちかけても、言葉を交わす気もないのか、先程からずっとロランは口を閉ざしたままだ。
一人空回りする言葉に気まずさを覚えても、後ろを振り返り、顔をつき合わせて会話をする勇気は俺には無かった。
その顔を見たら、俺は一体何を言ってしまうのだろうか。何を、してしまうのだろうか。
そんな醜態を見せるぐらいなら、気まずい方がまだましだ。

大して広くも無い祠の中、目当ての旅の扉はすぐそこだった。

「それじゃあ、国へ帰るとするか。」

心情とは裏腹に軽い調子で声を掛けた。
渦巻く胸の内を振り切る思いで、一歩を踏み出して、

その足が旅の扉に踏み込む直前。

思いがけず強い力で引き戻された。


「なん…だ、よ…っ」


無言のまま後ろから抱きすくめられる。きつく抱き込まれた肩が痛みを覚えた。

突然のことに上擦った声があがって、必要以上に焦ってしまって。
でも、状況がつかめず跳ねた胸の内は、そのうちに伝わってきた相手の震えに、段々と平静を取り戻していった。

「何だよ、どうかしたか?」
「………ごめん」

何が?そう問うても。ごめん、と呟いたきり何も言わなくなった相手。
仕方なく俺はされるがままに、その腕を受け入れた。

そうだ…。
ふと、思い出す。
あの時も、そうだった。
抱きすくめられ、肩口に埋められた相手の体温を感じて思う。
そういえば、かつてもこんなことがあった、と。
ごめんと呟いたこいつに、あの時俺は何て答えたろう。
記憶を手繰っても、あの時言った言葉は思い出せない。
けど、多分。
これから言おうとしている言葉はあの時と何一つ変わってはいないのだろう。



「大丈夫だって。」


時間にすればそう長くはない間だったが。
暫くすると再びごめんとロランが呟くものだから、俺は自分の前で交差するその腕に軽く手を乗せて、まるで子供をあやすかのように言ってやった。


何が大丈夫なのか。何がごめんなのか。
成り立たない会話。一方的な想い。
でもそれが今の俺達にとって、あの時の俺たちにとって一番の言葉だったのは確かだった。
ロランの謝罪の言葉の意味なんて俺には分からないけれど。
彼の気持ちは分かっているつもりだ。

それは恐らく自分と同じはずだから。

生まれを悔やむことも、それを捨てる勇気も無く、ただ悔恨と謝罪の念に苛まれて。
ただただ、平気だ、大丈夫だと言い聞かせて誤魔化すことしか出来ない。そんな諦めに似た感情。


「俺は大丈夫だし。お前も大丈夫だよ」


ぽんぽんともう一度その腕を叩けば、ロランは俺の肩口に押し付けていた顔を上げ、名残惜しげにその身を離した。

「ごめん」

恐らく先とは違った意味で告げられた言葉。
それに、顔を横に振って応えてやると、ロランはいつもの笑顔で俺の手を引いた。

「行こうか」
「ああ」

 

 

 

□■□

 

 

 

「陛下…っ!良くご無事で!!」
「サトリ殿下!ご無事で何よりです」

旅の扉を抜けた途端、そんな言葉に迎えられた。
ローレシア、サマルトリア両国のローラの門駐在兵達は、旅の扉から現れた主に駆け寄り喜びの声をあげた。
俺達が出した書簡はまだ国に着いてはいなかったようで、突然の帰還に兵達は色めき立った。
一体何がどうなったのか、どこに飛ばされていたのかと好奇心と不安の露な彼らを軽く手で制止、ロランは凛とした声で告げる。

「心配をかけた、すまない。この通りサトリ殿下も私も無事だ、安心してくれ。それよりも、国に変わりは無いか?旅の扉はどうなっている」

不在時の国の様子を聞き出し、的確に受け答えていくその姿を見ていると、ベラヌール北の祠で彼が見せたあの姿が、夢か幻のように思えてくる。

ロランはこんなにも「王」なのだ。

守るべきもの、背負わなければならない使命。
3人で旅をしていた頃とは、その重さが違った。

そして俺も。

遠くはないいつか。
それらを慈しんでいかなければならない。


「ロラン陛下、王妃殿下も大層心配なさっておいでです。」

王妃殿下。
その単語を聞いた時、ほんの少し、ロランは表情を変えた。
恐らく。俺しか気付けなかったであろうその変化。

「ああ。彼女には本当に申し訳ないことをした。」

どうとは言えない程度のそれだったが。
「王の顔」が崩れそうになったのを、俺は気付いて、しまった。

ああ、やはりあれは夢でも幻でもなかったのだ。

肩に食い込んだ指先と、腕の震えが蘇る。

あれは、俺だけに見せた。
いや、俺だけにしか見せることが出来ない、こいつの本音だったのだろう。


そしてそれは、俺も同じだ。

ここは。この国はもう、俺達の国で。
思いがけず二人で旅をすることになった、ついさっきまで踏み締めていた大地の方こそが、それこそ。

それこそ、夢であり、幻なのだ。

城に戻れば、俺たちの無事を案じ待っている者達がいる。

「ロラン陛下、外に馬を用意させました。ローレシアまでお供致します。」

さっと一歩前へ歩み出たローレシア兵が礼をとる。

「サトリ殿下も、どうぞこちらへ。私共が、城までお送り致します。」

傍に控えていたサマルトリア兵達も、同じく最敬礼で俺に呼びかけた。

時間切れ、か。
これで、この「旅」も終わりだ。

ルーラが使えない、とか。キメラの翼がない、とか。
悪足掻きとも言える時間稼ぎも、ここら辺が潮時らしい。

俺は促された言葉に一つ頷いて、その兵士の後に続こうとした。


だが。それは。


思いもしない声に遮られた。



「サトリ殿下は私が城までお送りする。」

「…なっ」



何を言ってるんだこいつは。
5年前の非常時ならともかく、今は平時。
一国の王自ら、することではない。

「ロラン陛下!?」
「ローレシア王、そのような訳にはまいりません!」

案の定、両国の兵は抗議の声を上げた。

何を考えてるのか知らないが、ロランの発言を受け入れるわけにはいかない。
俺もその申し出を断ろうと口を開いたが、続くロランの畳み掛けるような言葉に、再び口を閉ざすことになった。

「案ずるな、殿下は私が責任を持って送り申し上げる」
「しかし、ローレシア王!」
「これでも、君達よりも旅には慣れているつもりだ」
「それは…。ですがロラン陛下、それでは」
「君達は、いつも通りここの守りを固めておいてくれれば良い」
「陛下…」

一体何がどうしたというのか。常に無く強く出た主に困惑を隠せない兵達であったが、

「我が侭を言ってすまないが、ここを頼む。」

そう言われてしまえば、礼をとって畏まるしかなかった。

 

 

 

□■□

 

 

 

「何考えてやがんだ、お前は」

宛がわれた馬に鞍がろうとして、同じく馬の鬣を撫でていたロランを俺は睨む。

「ごめん」

だが、苦笑交じりのそれは悪びれた様子も無く、がくりと肩から力が抜けた。

「お前なぁ…、後でローレシアの風評が悪くなっても俺は知らねぇからなっ」
「ん〜、まあ、そういう悪くなり方なら、別に良いよ」
「良いってな…、おい」

だめだ。今日のこいつはどうかしてる。
俺は半ば自棄になって、馬の首を北に向けると、ロランに言ってやった。

「それじゃあ、サマルトリアまで宜しく頼むわ」

走り出した馬の背の上でそう言えば、追いかけるよう馬の腹を蹴ったロランが俺の名を呼んだ。

「サトリ!」
「何だよ」

走り出して直ぐに止まらされた馬は苛立ったように鼻を鳴らしたが、仕方なく俺はロランが追いつくのを待った。

程なくして馬の首を並べた相手に、無言で何だと問えば。
彼は一瞬思い留まったかのように口を閉ざしたが、少しだけ長めに目を伏せると、決心したようにその口を開いた。




「サトリ…。リリザへ行かないか」




多分。

こいつと同じく、俺もどうかしていたのだろう。


何で、とか。どうして、とか。思っても良かったはずなのに。

考えるよりも早く。
疑問に思うよりも早く。


俺の口は告げていた。




「いいぜ。行こう」



と。

 

 

 

 

 









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