ルーナの第二子出産祝いにムーンペタを訪れた俺は、形式的な挨拶を済ませると、すぐにルーナの私室に招かれた。
女王としての顔から、よく知るルーナの顔に戻った彼女は、女中や給仕達が去った途端、開口一番俺にこう言った。

「それで、やることはちゃんとやったんでしょうね?二人でローレシアから消えたって話は聞いてるわよ」
「ぶはっ…、な、な」

あまりにあまりな言葉に、俺は口にしようとしていた紅茶を吹き出しそうになった。
辛うじてそれを耐え、げほげほと咳こんでいると、向かいに座るルーナは先と変わらぬ笑みをたたえたまま、あらあら折角の紅茶が勿体ないわ、などと楽しそうに言ってのける。

「おいおいルーナ…、ひとを噎せさせておいて、それはないんじゃねぇか…」

恨みがましく見返しても、ルーナは楽しそうに笑うばかりだ。

「あら、だってこれ折角あなたが持って来てくれた紅茶だもの。味わって飲みたいでしょう?」

彼女はティーテーブルに置かれた茶葉の入れ物を引き寄せて、にこりと微笑む。
細く白い手の中に収まったそれは、サマルトリアの国色である金と緑であしらわれた、可愛らしい陶器の入れ物だった。

「あのさ、自分で持って来ておいてなんだけど、それ、あんまり見たくねぇ」
「あら、なんでよ?」
「なんでって…そりゃ…」

俺は減なりとした顔でそれに視線をやる。
茶葉は、サマルトリアの紅茶ギルドが自信を持って薦める極上品だし。その入れ物も細を凝らした一級の品だ。
ここ数年の間に一気に人気の高まった品で、所謂、サマルトリアの名産品というやつなのだが。
まあ、そこに別段問題はない。問題はそこに書かれている文字にあるのだ。

『プリンス オブ サマルトリア』

それがその紅茶の銘柄だった。

「名前が気に食わないっつうか、何つうか…」
「何言ってるのよ、折角お妃様が持たせて下さったんでしょう?そんな風に言っては失礼だわ」
「や、別にそんなんじゃなくて、何か面映い名前だと思ってさ…」
「そうかしら?ロランあたりが手に入れたらさぞかし喜ぶような気がするけど?」
「………は?何で?」
「何でって……」

小首を傾げた俺に、ルーナは心底呆れた顔を、そして若干の怒りを垣間見せたが、すぐに気を取り直して新たに口を開いた。

「まあ、それはいいとして。それよりも、よ!さっきの質問に答えてもらっていないのだけど?」
「さっき…?」
「誤魔化さないでくれるかしら?」

ルーナの意図は分からないが、にこりと微笑んだままのその迫力に気圧される。
仕方なしに質問の意味を考えてはみたものの、まさか本当にそういう意味ではないだろう、と俺は結論を下した。


「誤魔化すも何も、質問の意味が分からねぇんだけど?」

そう言ってやれば、

「意味も何もそのままの意味よ」

と、間髪入れずに返されて、俺は改めて困り果てた。

「そのままって言われたってさ、そもそも俺とロランはそ―――」
「そんなんじゃない、とでも言うつもりかしら?」
「…いや、だって実際そんなんじゃ…」
「呆れた!この期に及んでまだそんなこと言うつもり?」
「ちょ…、ルーナ…さん?」

何故か突然白熱しだした相手にうろたえつつ、宥めようとすれば、彼女の熱は更に上昇したらしい。

「まさか、今の今迄、私が何も知らないとでも思ってたいたのかしら?」
「何もって…」
「あの旅の間、誰よりも側であなた達二人を見てきたのは私よ?私がどれだけ気を使ったと思ってるのよ…」

ルーナはそこで一息ついて、何とも恐ろしい台詞を口走る。

「折角二人部屋にしてあげても、艶めいた声の一つも聞こえてこないんだからっ」
「なっ…!ルーナ!何がどうしてそんな話になるんだよっ」

思わず声を荒げた俺に、ルーナは至極真面目な表情を向けた。
その雰囲気にのまれ、押し黙った俺に、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

「ねぇ、サトリ?私にも言えない?それはそんなに頑なにならなければいけないことかしら。私はあなた達のことを一番良く分かっているつもりよ。周りがどう思っているかなんてどうでも良いのよ。私はあなた達にもっと素直に正直にいてもらいたいだけ。」

そして、少しだけ眉根を寄せて微笑むのだ。
この顔を見る度に思う。この女性は、俺達とは比べられない程に、強く、前を向いて生きているのだと。

「もちろん私だって国を担う者ですもの、その重さは分かっているつもりだわ。でもね、私は母である前に、王である前に一人の人間よ。それはあなたもロランも同じ。別にあなた達の掲げる意志を否定する気はないし、それは素晴らしいことだと思う。ただ、私が言いたいのは、一番近くであなた達を見てきた私だから言いたいことなの。あなた達には幸せになる権利があるって。それは誰にも咎めることが出来ないものだとね。」

一息に告げられたそれは、彼女自身の苦悩も垣間見せるものだった。

「…ルーナ…」
「それに、何かあったら私が全力であなた達を守るつもり。だから、聞かせて欲しいの。あなたの本当の想いを。私に何も言わないなんて水臭いじゃない。」

そうやって寂しそうに微笑まれては、俺もそれに応えなければいけないという思いに駆られる。

「ルーナ…、俺は…」
「ええ」

漸く口を開く気になった俺の言葉を、ルーナは辛抱強く待った。
だが、待たれた所で何と言って良いのか分からず、

「…いきなりそんなこと言われてもっつうか…、正直なんて言って良いかわかんねぇよ…」

と、俺は温くなったティーカップを手の中で弄びながらぼやくしかない。

「別に思ったままを聞かせてくれれば良いのよ。私はそれで十分満足よ」

苦笑混じりに促され、俺は思わず、そんなに聞きたいものなのか、と彼女に問い返した。
すれば、それはどうやら彼女の地雷だったらしい。
さっきまでの悟った顔はどうした、と突っ込んでやりたくなる程の形相で、ずいと身を乗り出してくる。

「当たり前でしょう!だってあなた達ときたら、焦れったくて焦れったくて、どれだけ苛々させられたと思ってるのよ!ちゃんと聞かせてもらわないと採算がとれないわ!」
「採算って…」
「とにかく安心してどーんと暴露しちゃってちょうだい。お妃様と何かあっても、大抵どうにかなるわよ。まあ、何かあったら私に言ってちょうだいね。どうにかしてあげるから。ってことだから、安心してどうぞ」

ああ、なんだか物凄い勢いで丸め込まれた気がする。
立ち眩みにも似た眩暈を覚えたが、俺は気力でそれを押さえ込んだ。
こうなったら、彼女に勝てる者はいないだろう。
俺は諦めにも似た思いを抱きつつ、重い口を開くのだった。

「俺は…」
「俺は?」」
「俺は、その……」
「俺は、その?」

…おい。

「ルーナ…、復唱するの止めてくれないか…」

疲れ切った顔で訴えれば、彼女は、あら御免なさい、と飄々としたものだ。
俺は改めて気を取り直すと、腹を括る。

「俺は、」
「………」
「ロランが、」
「………」
「……す…」
「す?」

またも復唱されそうになって、思わず口を閉ざす。

「って、おい、ルーナ…」
「あら、気にしないで続けてくれて良いのよ?」

はぁ…。一体俺は何をしているのか。
そう思わなくもないが。言わなければ、恐らく彼女は解放してくれはしないだろう。

「…だから、まあ、…その」
「うんうん」
「俺は、ロランを…」
「ロランを?」

もはや、復唱していることを咎めても仕方ないのだろうか…。
半ば自棄になって深呼吸を一つして、

「ロランを、あ――」

一大告白をしようとした正にその時だ。

「ルーナ、失礼するよ」

そんな声と共に、部屋の扉が軽い音を立ててノックされた。
と、間をあけずに、その扉からこの世で今最も会いたくない人物が姿を現す。

「―――…!!!」

声にならない悲鳴が俺の喉をついた。
ぼん、という音が聞こえるのではないかと思うぐらい、自分の顔に一気に血が昇ったのが分かる。

「サトリ…!?君も来てたのか?」
「そうなのよ、二人が同じ日に祝いに来てくれるなんて、凄い偶然よねっ、ロラン?」

驚きを隠せないでいるその人物、ロランと俺の二人を交互に見遣りながら、ルーナは嬉々として喋りだした。

偶然であって堪るか。
どうやったら、各国の王族が「偶然」一堂に会せるんだ。
訪問の日取りを無理矢理合わせたとしか考えられない。

「ルーナぁああああ…」
「あら、何よサトリ?」

地を這う声で名を呼べば、彼女はさも楽しそうに俺を見て笑う。

「ロランも、そんなとこに立っていないで、どうぞこちらに座って」

そして、俺達の座っているテーブルの椅子を引くと、手ずからティーカップに紅茶を注いでいく。
それに合わせて、戸惑いつつもロランは俺の向かいに腰を掛ける。

「まさか、君がここにいるとは思はなかった…」
「いや、まあ……俺も同じ意見だ…」

何と言っても、俺達が顔を合わすのは、あの日以来なわけだからして、気不味いのは、もはやどうにもならない。
その空気を読んだのか、読めていないのか。
まあ、ルーナのことだ、恐らく前者なのだろうが。
うきうきといった空気を撒き散らしながら、凄い方向に話を持っていく。

「そうそう、ロラン。今、サトリととても有意義な話をしていたのよ。あのね――」
「ちょっ…!ルーナ!何を言うつもりだ!!」
「なによ、慌てちゃって。」
「いや、だって…!」

もはや、取り繕う余裕も無く取り乱していると、向かいに座ったロランがくすくすと笑いを零した。

「なんか凄い楽しそうだね。サトリ、俺も聞きたいんだけど?」
「そうなのよ、ロラン!とっても素敵な話なのよ〜」
「ルーナっ!!全然っ、素敵でも何でもねぇからな!!」

調子に乗るルーナを嗜めた勢いのまま、ロランに釘をさす。
すると今度は何を思ったのか、彼女は、紅茶に口を付けているロランに得意げに話を持ち掛けた。

「ロラン、その紅茶、とても美味しいでしょう?」
「うん、凄く。飲んだことない銘柄みたいなんだけど、何ていう紅茶だい?」

そこまで聞くと、ルーナは待ってましたとばかりに口を開いた。

「プリンス オブ サマルトリア、っていうのよ。」
「――…っ!!」

さっきの俺を再現したかのように、ロランは飲んでいた紅茶に見事に噎せ返り、げほげほと咳き込んだ。
だが、一頻り呼吸が落ち着くと、理解不能な言葉を淡々と言い放つ。

「そっか、それじゃあ、美味しいはずだ。」
「………は?」

何をどう考えたら、「そっか」で「それじゃあ」が「美味しい」という単語を形容することになるのだろう。
俺にはさっぱり理解が出来ない。が、どうやらルーナには分かったらしい。
彼女は、それ見たことかと、俺を見遣った。
そして、紅茶のお裾分けが欲しいとか何とか言い出したロランと、楽しげに会話を続けている。


一時はどうなることかと思ったが、こうして3人揃うと会話の尽きることが無い。
他愛も無い話で盛り上がれる、本当に楽しく、幸福で、何にも代え難い一時だ。

俺達は久しぶりの再会を祝して、その日は色々なことを語り合った。
子供の頃のことだったり、旅の間のことだったり。そして、国や自分達の子供のこと。これから先のこと…。

本当に沢山のことを話した。

そして、いつの間にか日もかげり、流石に部屋を辞そうとロランと二人暇を告げようとした時だ。
ルーナが思い出したように、俺達に向かって告げる。

「今夜使ってもらう部屋なんだけど」

以前訪れた時に使わせてもらった客間に通されるものとばかり考えていた俺は、何か問題でもあったのかと、話し出した彼女を見返した。
それはロランも同じだったらしく、隣で彼も疑問符を浮かべている。
そんな俺達ににっこりと微笑み返しながら、ルーナは、さらりととんでもないことを言ってくれた。

「離れのスウィートを用意したから、二人で思う存分使ってね。」

…………。
…ああ、何だろうこの恐ろしいまでの疲れは。

どこからともなくやって来た物凄い脱力感を、目頭を押さえることでやり過ごしていた俺は。
ふと、隣に立つ男の顔を見とめて、更に力が抜けていくのを感じた。

「何、赤面してやがんだ、てめぇはっ…」

思わず、口が悪くなってしまったのは仕方の無いことだと俺は思う。
いや、だって、と何だかごにょごにょと弁解しているヤツはほっといて、俺はその勢いのまま部屋を出た。
慌てて後をついてきたロランは未だに何かを言い募っているようだったが、俺は無視を決め込んで歩を進める。

だって、仕方ないじゃないか。
俺の顔だって、今、馬鹿みたいに赤くなっているのだから。


そして、その夜、俺達がどうなったのかは、わざわざ言うことでもないので置いておくが。
今回、ルーナの出産祝いにムーンペタを訪れて思ったことがある。

母は強し。いや、女は強し、か。

ローレシアの旅の扉が何故暴走したのだろうと、ルーナに尋ねた時だ。
彼女は器用に片目を瞑ってみせて、こう言った。


「ルビス様の粋な計らいに決まってるじゃない」


と。

ああ、そう言えば、精霊神ルビスも女性だったな、と俺はしみじみ思ったのだった。

 

 

 

 

というわけで、超☆蛇足な後日談でした。

本編台無しコメディだったわけですが、

やっぱりハッピーエンドが好きなんだという主張をしたかったわけです。

不倫確定っぽいですが、中世の王侯貴族なんて愛人がいてなんぼでしょ?

むしろステータスなんだからっつーことで許して下さい(笑)

 

 

 

 


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