「ちちうえ!僕、これがいいっ!!」


頬を紅潮させて振り返った息子は、一振りの剣を指差して目を輝かせた。
息子は今日で6つになる。そろそろ本格的に剣を教えても良い頃合だ。
誕生日の祝いを兼ねて剣を贈ろうかと、息子を連れて武器庫に来たのがつい先程。
武器庫に入るなり、息子は一目散にとある剣に駆け寄った。
他の剣とは分けて置かれていたとはいえ、豪奢な剣や業物が数多ある部屋の中で、それは決して目立つ方ではない。
だが、息子はその剣を前に始終目を輝かせていた。
華奢なつくりの剣ではあるが、まだ6つの息子が扱えるものではないというのに。
それでもその剣が気に入ってしまったのか、

「ねぇ、いいでしょう?」

そう言って息子は焦れたように俺を見上げてきた。

「だ〜め。この剣はあげられないよ」

息子の目の位置までしゃがむと、俺はその蜂蜜色の柔らかい髪の毛を混ぜる。
顔を覗き込めば、青味がかった翠の瞳が、どうして?とばかりに訴えてくるものだから。
さぁて、何て説き伏せるかな。と考えながら、俺はゆっくりと口を開いたのだった。

 

 

 

□■□

 

 

 

ロランが、この村で暫く休もうと言ったのはある日のことだった。
先を急ぐ旅とはいえ、焦ったところでどうにかなる旅でもない。
俺とルーナは、突然のロランの申し出に驚きつつも、大した疑問も抱かずに首を縦に振った。
最近では敵対する魔物もだいぶ手強くなってきている。
いつも最前線で剣を振るうロランのこと。そんな素振りを見せることはないが、長旅の疲れが溜まってきているのかもしれない。そう思ったのだ。

実際、自分も疲れてきている。
まあ、俺の場合は体力的なものというよりも、精神的な部分で疲れている気がしないでもないのだが…。

ロランに比べて、つかない筋力。
中途半端な呪文。
そして、手に馴染んだ鉄のやり。


折角できた自由な時間だ。一人で修行に打ち込んでみるのも悪くないかもしれない。

ロランはどうするのだろうか。

いつものようにとった二人部屋。旅装束を寛げる俺に反して、ロランは荷物だけベッドに放ると、ちょっと出掛けてくるよ!と一言残し慌ただしく部屋を出て行った。

一体何事か。そう思わなくもなかったが、長く旅を続ける間に、お互いのプライバシーには首を突込まないということが暗黙の了解となっている。
俺は軽く手をあげて、気をつけてな、とロランを見送った。

だから最初は気にしていなかった。
朝も早くから出掛けて、夜遅くまで帰って来なくても。
まあ、そんなこともあるだろう、とか。俺も心置きなく修行が出来る、とか。
そんなことを思って一人納得していた。

だが、そんな日が数日続いた日のことだ。とうとうロランは部屋に戻って来なかった。

「あいつ…、一体どこで何やってんだっ」

隣りの空のベッドを見やって、思わず俺はそうもらしていた。
あのロランが一言も告げずに丸一日空けるなんて、今迄の付き合いからは考えられない。
彼が一人酒場で飲んでいる姿なんて想像出来ないし。
事件に巻き込まれていたとしたら、何らかの騒ぎになっていることだろう。

では一体何が原因か。

そこまで考えて、俺は一番可能性の高い原因に思い至った。

「女、か…?」

ああ、そうか女か。うんうん、女、なのかもなぁ。
いやいやいや、ロランに限ってそんな。
あいつ鈍いしなぁ。あ、でも顔は悪くねぇんだよなぁ…これが。
突然この村に逗留しようって言ったのもアイツだし。
この村にいい娘でも出来たのかも?
ロランが女とねぇ。想像出来ねぇっつーか何つーか。
あーでも、アイツも年頃ってやつだろうし。

「………はぁ」

ぐるぐる回りだした思考回路に嫌気がさし、俺は力無く息を吐くと、ごろりと寝返りをうった。

それから半刻程か。寝返りの回数も数十を数える頃になると、心配よりも苛立ちの方が強くなってくるから不思議だ。

「くっそ…、お前のせいで寝れねぇじゃねぇかっ」

人が心配して眠れないという時に、女と宜しくやってんのかと思うと怒りすら湧いてくる。
明日会ったら何て言ってやろう。
俺はそんなことを考えながら、本日37回目の寝返りをうったのだった。

 

果たして、さんざん人を心配させたロランが戻って来たのは、太陽が東の地平線から顔を出した頃だった。
部屋のドアをそっと開けて、するりと中に入ってきたやつの顔を見ずして、毛布の中から恨みの篭った声を掛ける。

「お早う。昨夜はお楽しみでしたね」
「えっ…うわ!なんだ、サトリ起きてたの!?」

寝ていると思った相手から突然声を掛けられて驚いたのだろう。ロランは大袈裟なほどうろたえた声をあげた。

「起きてたっつーか、寝てねぇ…」
「何で?」
「何でってなぁ、おい…。俺としては是非とも自分の胸に聞いて欲しいんだが」

言いながら、ベッドから体を起すと、案の定ロランは困惑した顔で俺を見ていた。
加えて、何やら垣間見える疲れと清清しさが非常にムカつく。

「別に、お前がどこで何やってても構やしないけどな、一言ぐらい言っておくのが礼儀っても―」
「サトリ、誕生日おめでとう!!」
「そうそう、そうやって一言……って、…あ?」

想定外の言葉に今だドアの前に立っているロランを見上げれば、彼はにっこりと笑ってもう一度同じ言葉を告げる。

「19歳おめでとう、サトリ」
「え…あれ。今日って……?」

何のことか把握できずに考え込んでいると、いつの間にやらベッドサイドまで歩み寄っていたロランが、一つの包みを俺に差し出してきた。
細長くそこそこの大きさのあるそれは、布で巻かれていて何だか良く分からなかったが、思わず勢いで受け取ってしまった。
大きさからそれなりの重さを覚悟していた俺は、予想外の軽さに拍子抜けを食らう。

何だ、と問い掛ければ、ロランは開けてみてとばかりに頷いてみせた。

「お、おい。お前、これ…!」

するすると巻かれていた布を解けば、姿を現したそれに、俺は目を見張った。

「うん。それ、サトリにプレゼント。誕生日と日頃のお礼も兼ねて」

照れたようにはにかむ相手と、手の中のそれを見比べて、思わず胸が詰まる。
美しいと言っても過言ではない細身の刀身に、金の隼をあしらった剣。
俺が密かに欲しいと思っていた剣だ。

武具を揃える時は三人で話し合って、優先的に必要なものから買う。
だから、その剣の値段的にも、今の自分の戦略的位置づけからしても、それが欲しいとは言い出せなかったのだ。
この旅で無駄なものが買えるほど、懐にゆとりは無かった。
ならば、この剣は一体どうやって手に入れたのだろうか。

「まさか、お前!これ買うために…!?」

そこで思い当たる、ここ数日のロランの行動。朝から晩まで何をやっているのかと思っていたが、そのまさか、なのだろうか。

「ん〜…、や、別に、特に何も」
「馬鹿。隠せてねぇよ」

気恥ずかしいのか、何なのか知らないが、誤魔化そうとするロランに俺は即効で突っ込む。
聞き出そうとする俺に、渋々話し出した相手の話によると、結果は案の定だった。
どうやらコイツは、ここ数日ずっと働いていたらしい。
朝から晩まで働いて、とうとう昨日は、今日までに目標金額に達さないと悟ったのか、朝から晩どころか、晩から朝まで働いてきたそうだ。

「…っの、馬鹿!」
「そんな、ひどい」
「ひどくねぇよ。そんなくたくたになりやがって…」
「…だって、さ。」
「何だよ」

不服そうに反論する相手を睨めば、

「自分で買いたかったんだ。皆のお金じゃなくて」

と彼はぼそっと呟いた。

「っだぁあああ!だからお前は馬鹿だっつーんだよ」

俺は言った勢いのままロランの首を腕で引き寄せて、バランスを崩して倒れ込んできたやつの耳に囁いた。


「ありがとな」


途端に嬉しそうに、うん!と声をあげる相棒を見遣れば、ロランは当の俺よりも嬉しそうな顔で笑っていた。

そこでふと若干の引っ掛かりを覚えて、俺は満面の笑みの相手に疑問を投げかけた。

「そう言えば、こんな時間から武器屋開いてたのか?」

そう言ってやれば、ロランは相変わらずの笑顔のままこう答えたのだ。



「武器屋のおじさん叩き起こした」



一瞬思考が止まる。が、直後、本日4度目の罵声が宿屋に響いたのだった。



「っの馬鹿野郎!!」

 

 

 

□■□

 

 

 

「その剣はな、父上の大切な大切な人からもらったものなんだ。だから、お前にもあげられないよ」


何と説明して良いものか分からず、そう言ってみたら、息子は盛大なふくれっ面をする。
その顔に苦笑しつつも、他の剣だったら何でも良いぞ、と言ってやれば、彼は機嫌を直したのか、ぱたぱたと武器庫の中を走り出した。
その姿を暫く見守りなが昔を思い起こしていると、何を思ったのか、息子が再び俺のもとへと駆け寄ってきた。

「ねぇ、ちちうえ…?」
「ん?」

6つの子供にしては、やけに複雑な顔をして訊いてくるものだから、俺は何事かと息子の頭にぽんと手をのせて、一緒に首を傾げてやる。

「ちちうえの大切な人って、ははうえや、僕よりも大切な人なの?」

思ってもみなかったその質問に、俺は暫し固まった。




ロラン。お前ならこんな時なんて答えるんだろうな。




困りきった顔で傍らの隼の剣に目を移せば、その剣は、あの頃と変わらず美しく輝いていた。
 

 

 

 

 

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