「ロラン・エルデ=ロト・ローレシアは、サトリ・リュアン・ヴェルト=ロト・サマルトリアを生涯の伴侶とすることを、ここに宣言する!」

それは、長きに渡る旅を終え、ローレシアへ凱旋した折のことであった。
玉座の間にて王位を授かった正にその時、その場で、ロランはそれを高らかに謳ったのだった。
その場にいた全ての者が耳を疑い、固まったのは言うまでもない。
彼の斜め後ろに控えていたサトリに至っては、耳まで頬を真っ赤にしたかと思った次の瞬間、同じく耳まで蒼白にして卒倒したのだ。
だがそれは、これからのことを考えると、本当に些細なことだったと言えるのかもしれなかった。

そして、この宣言は瞬く間にローレシア大陸、いや、世界各地にまで広がった。
尤も、ラダトーム始まって以来の「醜聞」として、ではあるが…。

□■□

「お!ローレシア国王がいらしたぞ!」
「あの方も、本当に懲りないねぇ」
「ロラン様ぁ!今日も頑張って下さいねっ!」

既に恒例の行事となったその掛け声。
面白半分、呆れ半分のものも多いが、最近では純粋にロランを応援する声も少なくない。
若きローレシア国王の求婚話が世界中に広まってより、早半年。
もはやロランのサトリへの想いは周知の事実となっていた。
噂が巡り始めた当初は、醜聞も醜聞、大醜聞として取沙汰されたものだったが。
求婚以来挫けずに、足繁くサマルトリアに通うロランの姿を見守るうち、両国民も絆されてしまったのかもしれない。
新国王という多忙極まりない身の上にもかかわらず、ロランは少しでも時間をつくると。その度にサマルトリアへ、正しくはサマルトリア国王のもとに向かったのだった。
絆されつつある国民に対して、一向にその気配を見せないサマルトリア国王。
サマルトリアの王にして、サトリの父親。
子煩悩で名高いその男は、普段の温厚な性格からは想像できない程に、頑なだった。

「陛下。どうか、サトリ殿下を我が伴侶として賜りたく。精霊神ルビスに誓い、殿下を必ず幸せにするとお約束致します。」

サマルトリア玉座の間。
この半年幾度となく繰り返されたその言葉は、やはり幾度となく無碍にされ続けた。

「ならん。何度言ったら分かるのだ?そなたも、真っ当に美しい姫君でも貰ったらどうだ」

サマルトリア国王とて、全く心が動かされていない訳ではなかった。
噂が耳に入った時こそ、我が子に対する性質の悪い侮辱か何かと激怒したものだが。
こうも真摯に、真っ向から許しを請われれば、流石にロランが本気であることは分かった。
愛息子に求婚する相手が男だったことはこの際抜きにして考えれば、ではあるが。ここまで真剣に想ってくれる相手がいるという事実は、親馬鹿ながらも嬉しいものでもある。
だが、だからと言って、それがそのまま許しに繋がるわけではない。

お前も厄介な男をけし掛けてくれたものだ。

何度目かになる新ローレシア王の来訪に、前ローレシア王にして親友である男への恨み言が思わず口をつきそうになった。
噂の真偽を確かめるべく親友へ手紙を出したのは、もう半年も前のこと。
すぐに返ってきた親友の手紙には、要約すればこう書いてあった。
『愚息は、もはや私の手に負えん。後はお前の好きなようにしろ』と。
つまりは、二人の行く末を決めるのは自分次第、ということだ。

「恨むぞ、相棒」

誰もいなくなった、サマルトリア城玉座の間にて、彼は一人笑いを噛み殺したのだった。



□■□



「サトリ!サトリ、いるんだろ?」

サマルトリア城二階、西側の一室。そこがサトリの部屋だった。
かつては、父王とやたらに近い部屋を宛がわれていたのだが、旅の後、無理を言ってこの部屋に移してもらったのだ。
決して、こうやってロランが来た時のためではない、と本人は言っているのだが。
実際問題、忍んで逢うには絶好の場所に位置しているのも確かだった。

「お忍びなら、お忍びらしく、もうちょっと声を抑えたらどうだ?」

呆れ返った声と共に部屋の窓が開き、そこから最愛の者が姿を現すと、ロランはたちまち相好を崩した。

「今更だよ、サトリ。皆、気付いてるから」
「そうじゃなくて!せめて振りぐらいはそうしろって言ってんだよ。一応、俺たち会うの禁止されてるんだぜ?」
「振りだけって…、何かそれおかしくないか?」
「おかしくてもいいんだよっ」

そこまで言い合うと、仕方ないなぁとロランは一息おき。
そして、改めて顔を引き締めると、小さな声でそっと言うのだった。

「サトリ?誰もいない?降りてこられる?」
「ん〜、一応、誰も見てはいないな。行けると思うぜ?」

もちろん見ていないというのは、見ないように気を遣ってくれているということで。
この逢瀬が暗黙の了解になっているというだけのことなのだが。
一応半謹慎の身。
素振りだけは周囲を気に掛け、忍んでいる振りをして、サトリはロランの質問にそう答えた。

「じゃあ、降りてきてくれないかな?」

そう言って両手を広げて見せるロランに苦笑を零し、だが次の瞬間サトリは窓枠に脚を掛けると軽がるとその身を躍らせた。
タンッ、と軽い音と共に地に脚を着いたサトリに、両の手を広げたままのロランが恨みがましく顔を遣る。

「サトリ…。なんで、僕の腕にと飛び込んできてくれないんだよ…」
「あのなぁ、んな恥ずかしいこと俺が出来ると思ってんのか?」
「だって、お忍びらしいじゃないか、その方が」
「………、俺、お前のお忍びのイメージが良く分からないんだが…」

腕に飛び込むのが、何故お忍びに繋がるのか分からなかったサトリは、いまだ両手を広げたままのロランに半眼を向ける。
すれば、ほら、と腕を広げたまま催促をされ、サトリは仕方なくその腕の中に身を預けた。

「あ〜、落ち着く。」

ぎゅうっと抱きしめられ、そんな台詞を吐かれると、今更ながら恥ずかしさが込み上げてきたが、まあ、悪い気はしない。
だが、そのままにさせておくのも居た堪れず、サトリはぶっきら棒に応えるのだった。

「俺はお前の抱き枕かっつーんだよ」
「……だ、抱き枕……!」

何を想像したか知らないが、頬に朱をのぼらせたロランに、その理由は聞かないものの、念のため一撃お見舞いして、サトリは身体を離した。
痛い、酷いよサトリ。と文句を言う相手は放っておき、サトリはすたすたと先を行く。

「で、今日はどうするんだ?」

顔だけ振り返ってみせ、サトリがそう言うと、途端にロランは機嫌を直し、彼に駆け寄った。

「そうそう!さっきここへ来る前にさ、厩のミッシェルさんに、子猫が生まれたから二人で見にこないかって言われたんだよ。良かったら見に行かない?」
「………、お前……、本当にお忍びって言葉分かってんのか…?」

即位以来半年。もともと王族然と立ち居振舞うことに慣れていたロランは、今ではもう立派に一国の主としての顔を周囲に認められていた。
だが、どうだ。
一度、サトリと二人きりになると、直ぐに旅の間の少年らしさが顔を見せた。
尤も、厩のミッシェルはサトリの乳母の弟ということもあり、赤ん坊の頃からの付き合いだ。
気が置けない相手という事実もあり、二人の仲を応援している一人でもある。
そして何より、子猫の存在が非常に気になりだしたサトリは、あーだこーだと文句を言う素振りを見せながらも、その足は厩へと向かっているのだった。



□■□



それからまた半年の月日が流れ、もはや周囲は、二人をいい加減添い遂げさせろという雰囲気になりつつあった。
懲りもせず通ってくるロランの姿に、子煩悩のサマルトリア王も、もう根負け寸前だった。
とは言え、一番彼にダメージを与えていたのは、当の息子の表情であったのだが。
ロランがサマルトリアを訪れた日の息子の機嫌の良さは、ここ十年来見たことのないもので、その幸せそうな顔を見るにつけ、悔しさと諦めにも似た感情が胸に去来するのだ。

そして、ある日。
サマルトリア城玉座の間に怒声が響き渡った。

「サトリを不幸にでもしてみろ!その時は、ローレシアがサマルトリア領になると思えっ!!」

次いで、玉座を離れたサマルトリア王によって、容赦なく頬を拳で殴られたロランは一瞬たたらを踏んだが、脚に力を入れ踏みとどまると、勢い良く頭を下げた。

「そのようなことは、生涯起こらないと誓ってみせます!」

その後、扉の外で二人の様子を窺っていたサトリが、居ても立ってもいられず部屋に駆け込んできて。
父親の目を気に掛ける余裕も無くロランに抱きつき、熱烈に口付けを交わしたのは、今となっては両国に伝わる有名な話だった。



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お祝いにと貰い受けた、あの時生まれた子猫も大分大きくなり、リリザにある別荘という名の二人の新居には、時折にゃあにゃあと可愛らしい鳴き声が響く。
流石に、どちらかがどちらかに嫁ぐなどということが出来よう筈もなく。両王家公認のもと、二人の好きな時に好きなように逢えば良いということになり、リリザに二人の屋敷が建ったのだった。
政務の合間を縫っては、時折二人で新婚宜しくここで共に過ごしているのだが。
何故か、そんな時に限って多忙なサマルトリア王が顔を見せに来たり、ムーンブルク再建に勤しんでいるはずのルーナがからかいに来たりと、二人の逢瀬を邪魔しにくることもある。
が、まあ。それも、この幸せに比べたら些細なことだと二人は笑い合うのだ。

この幸せが、後にどういった結果をもたらすにしろ。
今はこの幸せを。
叶うことなど無いと思っていた、この、幸せを。
どこまでも大切に育んでいきたいと、そう思うのだ。





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この作品はファンタジーという名のフィクションです☆
一つぐらい、超が付くほどのハッピーエンドがあってもいいと思う。
そんな気持ちで書きました(笑)
おめでとー、二人とも!!





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