「なあ、その…『電車』って、ああいう、もの…なのか?」

「?…ああいう、って…何が?」

 

 

― 七日目 ―

 

 

訊かれて俺は戸惑った。
部屋に帰ってきて一息ついた頃、彼、サマルが酷く言い辛そうに呟いた質問。
その内容に全く思い当たる節が無かったからだ。
電車を見るのも乗るのも初めてだと言っていた彼のことだから、何かしら感想は有ると思っていたが、そこまで神妙な顔をされると、こっちまで落ち着かない気分になる。

「えぇと…、凄い混んでたってこと?まあ、帰りはラッシュの時間帯だったからなぁ」

帰り際の車内の状態を思い出して、あのすし詰め状態のことを言っているのだろうと見当をつけたのだが、どうやらそのことではなかったらしい。
彼は更に俯いて、「いや、そうじゃなくて、…その」とぼそぼそと言葉を濁している。
余程言い難いことなのだろうか。
どうやら、彼は全く文化圏の異なる人のようだから、俺には想像の及ばないカルチャーショックなるものがあったのかもしれない。

「何?何か気になることでもあった?」

彼の境遇は俺には分からないことばかりだったが、今のような状況では不安なことだらけに違いないと、俺は自分に答えられることならばと殊更優しく尋ねてみる。
すると彼は、漸くその重い口を開く気になったらしい。
ちらりと俺の表情を窺い、またも顔を俯けてぽつりぽつりと話しだす。

「その…、変なこと言ってたら、悪いん、だけど…」
「うん」
「俺、本当にこっちのこと、さっぱり、だからさ」
「うん」
「気、悪くしたら、…すまない」
「いいよ、別に。で、何?」

話し出したと思ったら、この前口上。
一体何事だろうと、何を言われても良いようにそれなりの覚悟を決めたつもりの俺だったが。
そのまま淡々と続いた彼の言葉に、瞬間思考が停止した。

「…………は?」

今、彼は何と言った?俺の聞き間違いってことではないだろうか。
いや、でも、しっかり聞こえてしまった…。その言葉に唖然となる。

「だから。…その…、『電車』ってやつだと、他人の体に無断で触ってきたりするものなのか?」
「え、いや……え?……えぇえええっ!?」

確認するように繰り返された言葉に、漸く脳が事態を把握した。
電車の中。他人の体に無断で触る。導き出される答えは一つしかない。

「俺、何かまずいこと言ったか?やっぱ、電車ってそういうもんなのか?」

俺のあまりの驚き様に、サマは申し訳なさそうに首を傾げてくる始末。
恐らく、自分が何か非常識なことでも仕出かしたのではないかと不安になっているのだろう。
そんな彼に申し訳なくなってくるのは寧ろこっちの方だ。
俺はパンっと音をたてて掌を合わせると、勢い良く彼に頭を下げた。

「ごめん!全く気がつかなかった…!!」
「え?な、何だよ、いきなり…」

俺の態度に驚いたのか、きょとんと瞬きを繰り返す相手に一言、落ち着いて聞いてくれと神妙な前置きを一つして、俺は口を開く。

「何というか…、非常に言い辛いんだけど…。その、それは、俗に『痴漢』って言うんだ…」
「ちかん……?って俺が?」
「ち、違う違う!相手が、だよ。触ってきた方」

恐ろしい勘違いをされそうになって、慌てて頭を振った。

「満員電車とかで、周囲にばれないように女の人の体を触ったりする犯罪行為。あるいはその行為をする人のこと、なんだけど…」
「…………、はぁっ?」

痴漢とは何か。その解答を得た彼は、数秒の沈黙の後、案の定素っ頓狂な声を上げた。

「だって、俺、男だぞ?歳だって18だ。とっくに成人してるしっ。女に間違われたってーのかよ!」
「いや、多分、そういう訳じゃあないと、思う…けど」
「けど、何だよ」

憤懣やる方なしな彼の気持ちも分からなくはない。
だが、彼を触ったという人物の気持ちも分からなくはない、というのが正直な所だった。
別に俺はそういう嗜好の持ち主ではないが、その手の人間から見たら、彼は相当な上物に違いない。そのくらいは、分かる。
成人だと言った通り身体の線だってしっかりしているし、間違える程女顔ってわけでもないけれど、彼にはしなやかで凛とした雰囲気があった。
可愛いというのではなく、綺麗で格好良いという方が近いだろうか。
今着ている服にしたって紛うことなき男もので、緑を基調に選んだそれは、誂えた自分が惚れ惚れするぐらい彼に似合っていた。
だから恐らく、女に間違われてのこと、ではなかったのだろう。
だが、敢えてそれは言わないことにした。言えば、かえって彼の気分を害しそうな気がしたからだ。

「――けど、それだけ君が魅力的だったってことなんじゃない、かな?とか」
「それ、全然フォローになってねぇよ」

適当に誤魔化すつもりが、どうやら失敗だったらしい。彼の声が更に低くなる。

「いや、ごめん今のは冗談。俺が気付いていれば、その場で捕まえるなり、警察に突き出すなりできたんだし…。まさかそんなことになってるなんて思いもしなくて。ほんと、ごめんな!」

改めて頭を下げると、サマは呆気にとられ、

「いや、別にお前が悪いわけじゃないし。つーか…むしろ、こっちこそすまない。迷惑掛けてるのはこっちなのに…」

と、自分が声を荒げていたことに気付いたのか、さっきまでの勢いをなくして項垂れた。
そう言えば、この一週間、状況が把握出来ていなかった最初を除けば、彼は始終押し黙るように遠慮がちにここにいた。
恐らく今さっきの口調が彼の素なのだろう。別に気にすることなんて無い、自然体でいれば良いのに、と思うのだが。
彼の境遇を鑑みれば、それは致し方ないことなのかもしれなかった。

むしろ、それを言ったら今の俺の方が余程ずれた対応をしているのかもしれない。
バイト帰り、深夜の路上で拾った青年。どう繕っても胡散臭いことこの上ない。
別に俺がお人好しだとか、そういうことが言いたいのではない。俺にだって流石に常識というものがある。
でも何故か。
理由なんて俺にだって分からないけれど、この青年には放っとけない何かがあったのだ。


「迷惑だなんて思ってないから。帰り方分かるまで居てくれて構わないしさ、ほんと。まあ、男二人じゃあ、大分狭い部屋だけどね」
「………すまない」

本当に迷惑だなんてこれっぽっちも思っていない。
最後は軽い口調で言ってみたものの、謝罪の言葉を口にしたまま彼は顔を上げようとはしなかった。

 

 

 

□■□

 

 

 

豆電球の明かりで薄ぼんやりと浮かぶサマの髪を見る。
俺に背を向けてベッドの端ぎりぎりで丸まっている姿に苦笑が漏れた。
彼は最初、床で寝ると言って聞かなかったのだ。
世話になっているという負い目か、はたまたそれ以上の何かがあるのか。
それは俺の知る所ではなかったが、予備の蒲団など有る筈もなく、客人を床で寝かせるぐらいなら俺が床で寝ると言えば、彼は渋々とベッドに入ってきたのだった。
それから一週間。頑なに背を向け、ベッドの端で丸まる姿も目に馴染んできた。
その背を見ながら思わず胸中で溜息を零す。
痴漢、か…。
彼の服を買いに行った帰りのことだ。まさかとしか言いようがない。
被害にあった彼の方が驚いただろうが、聞いたこっちも相当動揺した。
サマはどう見ても男だ。その彼に手を出す人種がいるというのは、正直、青天の霹靂というやつだった。
もちろん、そういう嗜好の人間がいることは知ってはいたが、身近なところで目の当たりにすることになろうとは思ってもいなかったのだ。
そんな居た堪れない思いに負けて目を閉じようとした時、不意に丸まった背中がこちらを向いた。
身じろいで寝返りを打った彼が、ぽすんと胸の中に納まる。
如何せん狭いのだ。シングルベッドに隙間をとる余裕なんてない。

「…………!」

薄暗い中でも影を落とす程に長い睫毛。整った鼻梁。形の良い唇。
さっきまで考えていたことがことだっただけに、俺は内心かなりの勢いで慌てていた。

が、直ぐに、何を慌てる必要があるのだと思い直す。
深呼吸と言うよりも、溜息に近いそれを一つ吐いて、俺は行き場の無くなった手で、何とはなしに彼の顔に掛った髪を掻き上げてみたりした。
だが彼に起きる気配は無く、その代り、彼は軽く身じろいだ後、もごもごと何かを呟いたようだった。
とは言っても音は聞こえなかったのだが。
でも、どうしてか唇の形で分かってしまった。

『ロ…レ』恐らく彼はそう言ったのだ。
ロレ。
ローレと彼が呼ぶ俺に瓜二つだというその人物。

彼から聞いたその人物の情報はそれだけだったが、彼にとってその人物がどれだけ大切な存在なのか、それは彼の表情や口調、その端々から見て取れた。
俺によく似ているというその人物。彼もまた、今ここにいるサマのことを案じているのかもしれない。

「早く、帰れると良いな」

起こさないように、囁くように潜めた声。
その声は、何故か空々しく聞こえたのだった。

 

 

 

はーいはい!管理人の欲望丸出し!
サマを痴漢にあわせたいんだZE☆という、ただそれだけの為に書いた話でした。
内容はありません。話は進んでいません。
痴漢にあわせたかったんです。それだけです(最低)
と言っても、痴漢行為の描写がないので消化不良極まりない。
でも、克明に描いたら痴漢行為だけで済ませたくなくなるので(え)
泣く泣く今回は自重しました。いやー、何の話なんだかこれ。

続いたら良いNA☆













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