今日は天気が良い。
高台まで運ばれてきた爽やかな風に誘われて、一人の少年が端正な石畳をどこへともなく歩いて行く。
微かな潮の香りと共に少年の黒髪が風に揺れ、彼は気持ち良さそうに前髪を掻き上げた。
今日は父親の手伝いが早くに終わり、久しぶりに自由な時間ができたのだ。
父親の手伝いでこの街に来ているとはいえ、少年自身、この街は気に入りの場所だった。
華族の出である父はもちろん生粋の日本人であるのだが、少年の母親は異人であった。
だから、かもしれない。ここの空気はとても肌に馴染む。

さて、今日はどこへ行こうか。丘の上まで上って海を見ながら本を読むのも良いかもしれない。

そんなことを考えながら、坂の上へと足を向けた少年の前に、突然白い何かが飛び出して来た。
驚いてわっ、と声を上げる前に、
だがそれが綺麗な白い毛並みをした仔犬だと分かり、少年は愛好を崩した。

「どうした、どこの家のこだい?」

しゃがみ込んで、ふわふわとした毛並みを梳いてやると、仔犬はくぅんと可愛いらしく喉を鳴らして擦り寄ってくる。

愛くるしい。

そう、ひとしきり仔犬を撫でていた少年だったが、その仔犬が自分の傍を離れようとしないと分かると困ったように苦笑を漏らした。

さて、どうしたものか。

立ち上がり、きょろきょろと飼い主の姿を探す少年。
すると、俄かに慌てふためいた声が耳に届いてくる。

「ルーナっ!ルーナどこ行った?」

ちょうど少年が上ろうとした丘の上だ。
そこに息を切らせた異人の少年が姿を現した。
余程慌てているのだろう、蜂蜜色の髪が乱れるのも構わずこちらへ走ってくる。

「あ!ルーナ、そんなとこにいたのか!」

異人の少年がほっとしたような声音でそう言うと、黒髪の少年の傍にいた仔犬がキャンと一声鳴いて、坂上の彼へと駆け出して行った。

「あーもー、勝手に抜け出すなって言ってんだろ?」

異人の少年は駆けてきた仔犬を抱き上げると、咎めるような口ぶりで仔犬を諭す。
だが、その顔は幸せそうに破顔していた。
陽光を取り込んだ翠の瞳は青味がかって美しい。

「そのこ、君のなんだ?」

仔犬と少年の突然の登場に呆気にとられていた黒髪の少年だったが、
その笑顔を見て、気負い無く声をかけた。
と、そこで初めて彼の存在に気付いたのだろう。
異人の少年が、驚いたように目を瞬かせた。
けれど直ぐに事情を察したようで、すまなそうに少年へと足を向ける。

「うちの犬が迷惑を掛けたみたいだな。すまない」
「いや、迷惑だなんて。」

流暢な日本語が異人の少年から出てきたことに少しばかり驚きつつも、少年は言葉を続けた。

「君は、この近くに住んでいるのかい?」
「え、あぁ。まあ、そうだけど」

突然の不躾な質問に面食らったが、質問の主に他意はなさそうだと分かり、彼は淡々と答えを返す。

「へぇ、そうなんだ。このあたりで見かけたことの無い顔だったから、てっきり旅行者かと思った…」

ほぼ独り言のように呟かれた言葉だったが、異人の少年はそれを聞いてつと瞳を揺らした。
先程まで透き通っていたエメラルドグリーンが、陰りを見せる。

「あ、俺。ほとんど家から出たことねぇから…」

ほとんど家から出たことないと言うのは、一体どういうことだろう。

少年の脳裏を一瞬疑問が過ぎったが、流石にそこまで尋ねるのもおかしなものだ。
だが、少年は、これで会話を終わらせるのも勿体ない気がして無理に話を続けた。
尤も、何が勿体ないかなど当人自身も分かってはいなかったのだけれど。

「僕は露蘭っていうんだけど。君の名前は?」
「ロ、ラン?変わった名前だな。日本人じゃないのか?」
「あ、いや。日本人だよ。半分だけどね。」
「半分?」
「ああ。僕の父がね、大層なオランダ贔屓なんだよ。で、母がオランダ人。僕の名前は、まあそのせいというか…」
「あぁ、そういうことか…。すまないな、いきなり変なこと聞いて」

異人との混血は、交流の盛んになったいまだに、良く思われてないというのが現状だった。

「あ、いや、こっちこそ…」

異人の少年の申し訳なさそうな態度に、ふと我に帰る。

初対面の赤の他人に、僕は一体何を言ってるんだ。

いつにない己の態度に少年が赤面していると、異人の少年は不思議そうに首を傾げたが、
少年の碧い瞳を見返して、何を思ったのか、
ふうわりと微笑んで、唇を動かした。

「俺の名前はサトリ。丘の上の屋敷に住んでる。ロラン、良かったらこれからうちに来ないか?」

突然の申し出。
それが、ロランとサトリの出逢いだった。






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