馴染んだ剣の柄に手を掛けると、いつもと違う感触を覚え、サトリはいたたまれない思いに駆られた。

なにやってんだ、俺。らしくない。

まさか自分がこんな行動をとるとは。
今朝の自分を思い起こし、そのあまりの女々しさに呆れ果てた。
自嘲する気力もなく、ただただ、いたたまれない。
ぐっと手に力を込めれば、やはり違和感がある。
サトリは、自分の左手に視線を落とすと、今朝方の自分に思いを馳せるのだった。


ことの発端は朝。
記念事に疎い自覚のあるサトリだったが、今日が何の日であるかぐらいは把握していた。
いや、把握と言うよりも、きっちり覚えていたという方が正しい。
なにせ、今日は「ロランの誕生日」なのだ。
それは、ロランに想いを告げられてから丁度一年経った、ということでもある。
忘れられるわけがない。


とは言え、サトリが頭を抱えるのは、それが問題ではなかった。
問題は、サトリ自身が、未だにその想いに対する解答を彼に出していない、ということ。
答なんて彼の告白以前に出ているというのに。
のらりくらりとかわしているうちに、とうとう丸一年が過ぎてしまったのだ。

だって、仕方ないじゃないか。とも思う。
応えたとこで、どうにもならないだろ?
と言ってやりたくもなる。
でも、少しぐらいなら。
と思ってしまう自分がいるのもまた事実。

だから。
だから…。
気付かれないぐらいなら。
今日だけなら。
本人には分からないように、応えてやっても…。
と思ってしまったのだ。

そして今朝。
サトリは自分の荷物の奥底にしまってあったそれに、戸惑いながらも手を伸ばしてしまったのだった。


「サトリっ!!後ろっ…」

上擦ったその叫びに、意識が一気に引き戻された。
が、気付いた時既に遅く、腕に激痛が走り抜ける。
けれど、その痛みが魔物の牙によるものだと気付くころには、辺りの魔物はロランによって一掃されていた。

馬鹿か俺は…!
己の迂闊さに、サトリは今度こそ自嘲を零した。
左手の感覚に気をとられての油断。
自己嫌悪と共に、赤黒く染まっていく若草色の手袋。

馬鹿もいいところじゃないか。
こんなことになるのなら、変な気なんて起こすんじゃなかった。

思えども、もう遅い。
二人が駆け寄って来るのが分かる。
サトリは、二人が傍に来る前に慌てて治癒呪文を発動させた。
下手な詮索を受けたくはない。
もし、手袋を外されでもしたら、そこで終了。
ルーナに、そして何よりロランに見られたら一貫の終わりだ。

が、幸か不幸か。
心配そうに駆け寄って来た二人に、すまない油断した、と治した腕を振って謝れば。
それ以上の詮索はされなかった。
…かに見えた。


その日の夜のことだ。
野営地近くの川辺に、血で汚れた手袋をこっそり洗いに行った時。
川の水につけて、中々落ちない血の染みをやっきになって擦っていたら。
不意に。後ろから。抱きつかれたのだ。

「………っ!!?」

何事かと、驚きに驚き、跳ねに跳ねた心臓。

「な、な、な…!」

だが、そんな健気な心臓を宥める余裕もなく、
一息後には、抱き込また格好のまま耳元に口を寄せられるものだからたまったもんじゃない。

「つけてくれたんだ、それ」

耳に飛び込んで来たその台詞に、一瞬で頬に血が上る。
動揺を隠せず、口をぱくぱくさせていると、
突然後ろから抱き着いて来た不届き者、ロランによって、洗いものに勤しんでいた件の左手をつかみ取られてしまった。

「な…、おい!離せよ!」

そしてそのまま左手に、正確には左手の薬指に唇を寄せられる。

ああ、最悪だ…!

こうなってしまっては、今更隠せようはずもない。

「てっきりもう、捨てられてるのかと思ってた…」
「………捨てられる、わけ、ねぇだろ…っ」

とられた左手の薬指を見遣る。
すれば。そこには、月明かりに凛と輝く銀の輪があった。
一年前の今日、ロランに贈られた指輪だった。

「…これが君の答?」
「………」

贈られたこの指輪は対になっている。
もちろん、これの片割れはロランが持っていて。
細い銀の輪の内側には、それぞれ蒼と翠の小さな石が嵌め込まれていた。
蒼を俺が。
翠をロランが。
贈られてから一度だってつけたことはなかったけれど。
でも、捨てることも出来ないでいたのだ。

「…捨てられるかよ…っ、馬鹿」

不覚にも目頭が熱くなって、喉まで震えてくるから情けない。

「じゃあ、それが答ってことで良いんだね?」

静かに。淡々と。
もう一度聞かれたその声音には、拭い切れない不安と微かな怯えが感じ取れた。
遠慮なく抱き着いてきた割に、微かに震えている指先。
それが耳を通し、肌を通して伝わり。
俺はもうどうしようもなくなって、そのまま身体を反転させると。
案の定泣きそうな顔をしていたロランに、掠めるように唇を寄せた。

「これが答だよ、馬鹿野郎」

そう言って左手の指輪ごと、抱き着いてやったら、
本気で泣き出したロランによって、骨が折れるかと思うほど抱きしめ返されたのは言うまでもない。










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