基本的には野宿。
稀に宿に泊まれば、旅の疲れか、ありつけた寝台の柔らかさのせいか、
直ぐさま眠りに落ちることが多い。
それでも、ゆっくりと落ち着いて休める機会には、いつもより無駄話に花が咲いたりもするものだ。
だが、生憎。今日のサトリは、僕と会話をする気が有るのか無いのか。
寝台に腹這いになって、本の頁をぺらりぺらりと捲りながら、あーだとか、んーだとか、
生返事を繰り返すだけで相槌さえ満足に返してくれなかった。
彼は少しでも時間が有れば、呪文や薬学、歴史や政治、その他何でも知識と成り得るものであれば、書を読んでいることが多い。
だから別に。
別に、彼の読書の邪魔をしようというわけではないのだ。
だけど、何か、こう…。話を持ちかけても反応が無いというのも、少し、虚しい。

「サトリ。何、読んでるの?」

僕は、本に没頭している彼の横からひょいとそれを覗き込む。
すると。彼は目線を本から移さないままで、淡々と答えを返した。

「恋愛小説。」
「……………………え」

暫しの沈黙。

「は?」
「?だから、恋愛小説。ラヴストーリー。」

ラ…、らぶすとおりい?
彼の口から飛び出したその単語に、僕の頭は瞬間固まった。
彼に限って、まさかそんな本を読んでいるとは思いもしなかったのだ。
予想だにしていなかったその答えに僕が固まっていると、彼はパタンと本を閉じて、寝転がったまま僕を見上げてくる。

「さっき、そこの書店で見つけたんだけどさ。結構おもしろいぜ?これ」

そう言ってついと差し出された本を受け取ると、そこには最近流行っているらしい小説のタイトルが書いてあった。
もちろん僕は未読だ。詳しい内容どころか、それが恋愛ものだったことすら知らなかった。
どう反応して良いものか戸惑っていると、彼は苦笑しながらも後を続けた。

「良くある…、っつーのもおかしいか。…まあ、ありきたりな身分違いの恋がどうしたとかいうやつだよ」
「…ああ。敵対する者同士が愛し合ってしまったとか、そういう」
「そうそう、そんなん」

良くあるわけでは無いだろうが、物語の題材としては使い古されたものかもしれない。
あまり読んだことは無いが、それぐらいなら分からなくもない。
が、やはり、興味があまり湧かないのも事実だった。
僕は渡された本を、はい、とサトリに返すと、彼の寝転がる寝台に腰を落とした。
彼は続きを読むつもりなのか、すっとその手を本に掛けた、けれど。
何を思ったか。直ぐにまたそれを傍らに追いやり、僕に背を向けるように寝返りをうってしまった。
そして漏れ聞こえる呟きの様なその台詞。

「身分違いと、身分が同じってのは…、どっちがきついんだろうな」
「………………」

何かを言おうとして、僕の喉は詰まったように動かなくなる。
仕方がなく、僕は唇を引き結んだまま彼に手を伸ばし、少し癖のある柔らかいその髪をそっと指先で梳いてみた。

「それに…」
「ん?」

髪を弄る手はそのままに、ぽつりと続いたその声に、僕は軽く相槌を打つ。

「それに、血筋も同じで」
「うん…」

彼は、相変わらず僕に背を向けたままだったが、一呼吸分の後、俄かに僕を振り返って。そしてこう言った。

「しかも。同じ性に生まれてきた場合は、どうすれば良いんだ…?」
「…………っ」

思わず僕は。彼の言葉を最後まで聞くこともできずに、その唇を塞いでいた。

彼が。いや、僕も。その言葉を口にしたことは一度として無かった。
もちろん、分かりきったことだから、というのもあった。
けれど、それ以上に。
その事実を正面から受け止めたところで、諦め捨ててしまえる程度の想いではないことに気付いていたから。
だからこそ、言えなかった。それはお互いの傷を抉る結果になるからだ。

「…ロラン」
「なに?」

口付けの合間に名を呼ばれ、少しだけその身を離す。
すれば。彼は自嘲とも呼べるような苦笑を漏らして、言うのだ。

「三重苦、だな。俺達。…馬鹿みたいだ」

自棄になっている。そう思えるような口調ならまだ良かった。
だが、彼の声音は酷く淡々としていて。
それだけで。行き場の無い悔しさだとか、己の不甲斐なさだとか。
どうにもならない、どうにも出来ない想いで息がつまり。
僕は、それだけしか知らない子供のように、彼を掻き抱いた。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送