「なら何で…!」 疑念。焦燥。憤り。困惑。 多分その他にも沢山。 感情そのままに、思ったまま言葉をぶつけてくる相手。 俺の友。相棒。血縁。 そして、ロランという一人の人間。 別に言い訳をしたいわけじゃない。 それでも、首を縦に振るわけにはいかない。 それは、自分でも、言葉にするには纏まりのつかない感情だからだ。 それでも、確かに。確かにその感情は存在した。 「だって今君は言ったじゃないか。俺もだ、って。」 ああ、確かに言った。 思い詰めた顔をして、好きだとか、愛してるだとか、そんな陳腐な台詞を吐いたお前に、俺は言ったな。 俺もだ、と。 でもそれだけだ。それだけしか俺は言っていない。 「ならどうして…」 「どうして、何?」 どうして、と言ったきり言葉を続けない相手の先を促した。 どうして、「恋人」になってくれないのか、ってことか? それとも、もっと即物的に、 どうして、抱かせてくれないのか、ってことか? まあ、どっちだって構いはしない。 どちらにせよ、俺が首を縦に振ることはないのだから。 「なぁ、どうして、何?」 もう一度問い返すと、彼の顔はぐしゃりと歪んだ。 泣くのか?と思った。 泣かせるようなこと言ったか?俺。疑問に思った。 でもロランは泣かなかった。 泣かない代わりに笑った。 その変化に驚く。 でも、そんなことよりも、続く言葉にもっと驚いた。 「どうして、どうして笑わないんだ?僕達、両想いなんだろう?」 横っ面をぶん殴られた気がした。 両想い?誰と誰が? 笑い飛ばしてしまいそうな自分をぎりぎりの所で抑える。 なあ、ロラン。 違うんだよ。全然違うんだ。 これは両想いなんかじゃないんだよ。 俺の中にこんな感情がある限り。俺とお前は絶対に両想いにはなれない。 「なぁ、ロラン。今回のこと無かったことにしてくれないか?」 「…サトリ?」 「今まで通りでいい。今まで通りが良いよ、俺は」 「何でっ!!」 あ、今度は分かりやすい。 これは怒りだ。 理不尽な回答への単純な怒りだ。 「そう、…だな」 何故と問われて、答えに迷う。 だってそれは、自分でも言葉にするには纏まりのつかない感情だったから。 強いて言うなら。そうだ。 「お前がお前だから、だよ。」 我ながらしっくりくる答えだと思った。 だが、どうやらロランはその回答に納得がいかなかったようだ。 苛々とした感情を剥き出しのままつかみ掛かってくる。 「それってどういう意味?僕の身分?国のこと?それとも性別?何が不満なんだ?」 不満?不満なんてあるわけがない。 だからこそ、お前には一生掛かっても俺の答えは理解できないだろう。 「違う。そんなんじゃないんだ、ロラン。」 「なら…!」 「ロラン。俺はお前が普通の、極普通の、何も持たない人間だったとしても、お前とのこと、断ってたと思う」 「…どうして…」 お前、さっきからそればっかだな。 ぼやき混じりに呟けば、彼は、だってサトリの言っている意味が分からないんだ、と言って俯いた。 それを聞いて俺は仕方なしに口を開いた。 「上手く言えねぇんだけど…。強いて言えば、俺はお前に釣り合わないってことだよ。 あ、勘違いすんなよ?別に身分云々を言ってんじゃないんだ。 お前は俺なんかに付き合っているようじゃ駄目ってことなんだよ」 ほんと、上手く言えてないな。 その自覚はあったが、正直これ以上どう言っていいのか分からない。 しばし、無言だった。 ロランは俯いたまま考え込んでいたようだが、ふいにぽつりと声を漏らした。 俯いたまま。卑怯だ、と。 なに? そう聞き返すのと同時か、もしかしたらそれより少し早く。 俺は強かに壁に背を打ち付けていた。 痛い。 肩や背に走った痛みに無意識に目を閉じていたのか、 その目を開く前に、唇を何かが掠めた気がして慌てて瞼を上げた。 予想外に。あるいは予想の範囲内にあったその現状。 ロランの顔が至近距離にある。 顔の両側に手をつかれていて、首を反らすことさえ難しかった。 「君がそんな勝手な理由で僕を拒むなら、僕も僕の理由で勝手をさせてもらう。」 恐怖、なんだろうか。 もはや俺の理解を超えた表情で、そんな言葉を言ってのけた相手に覚えた、 この、 感情は。 いや、違う。これは、罪悪感だ。 堕とされたつもりで、堕としたようなこの罪悪感。 「…ロ、ラン?」 渇いた喉で捻り出したその単語を最後に、 俺の口から意味の有る言葉が紡がれることはなかった。 |
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