好きだ、と言ったこともない。 愛してる、なんて言えるはずもない。 旅の間、一度だって友情を疑ったことはなかった。 友情以上の何かがお互いの間に存在していたことは、それこそ、お互いが知っていたことだったけれど。 居心地の良い友情を失いたくなくて、お互い牽制し合い、 いつしか確かな形で存在する友情に縋っている方が楽になってしまった。 でも。 それが揺らぐ時だってある。 ローレシア城の一室で、眠れぬ身体を寝台に預けながら、俺は昼間のことを思い起こしていた。 長い旅路からの凱旋。沸き立つ民衆。王位を授かったあいつ。 何もかもが、これからの日常へと繋がっていくものだった。 今までの日常が非日常へと変わっていく瞬間。 …俺は、後悔、したのかもしれない。 寝台から降りて、椅子に掛けてあった上着を羽織ると、そのまま部屋を出る。 廊下に出ると、蝋燭と月明かりの薄暗い中、衛兵に気付かれぬよう先を急いだ。 衛兵の目を誤魔化す技術なら自信がある。伊達に今まで王子をやってきたわけじゃない。 けれど、こんな時にそんな技術が役立つというのも皮肉なものだ。 それから大して時間は掛からなかった。 目的の場所にたどり着くと、一瞬逡巡したが、それよりも強い何かに背を押された。 音を立てないようにドアのノブを回し、僅かに開いたその隙間から身を忍び込ませる。 窓から入る月明かり以外照明の消された部屋は暗かったが、俺が目的の人物を見つけ出すのに時間は掛からなかった。 まあ、こんな時間だ、あたりまえか。 そう思いながら、俺は部屋の中央にある寝台へと足を向けた。 重く垂れた天蓋を手で除けると、静かに寝息を立てている人物、ロランの顔が窺えた。 その顔を暫く眺めていたが、一度だけ深く息を吸い込むと、 俺はロランを起さないように慎重に寝台に上がった。 旅の間慣れ親しんだ安宿のそれと違い、俺の体重を沈み込むように柔らかく支える王子の寝台。 人一人寝るには広過ぎるその上を静かに近づけば、ロランは起きる様子も無く瞼を閉じているから、 俺は体重を掛けないよう、でも確かな意思を持って彼の上へ身体を預けた。 静かな呼吸を繰り返すその唇にそっと自分のものを重ねて、直ぐに離す。 すれば。 いつものように。いや、いつもよりももっと冷静な蒼い瞳が俺を見ていた。 「来ると思ったよ」 そして、淡々と告げられた。 「へぇ…。何?じゃあ、ずっと起きてたわけ?」 どうやら最初から起きていたらしい相手に皮肉を込めてそう返せば、 ロランは「さあ」と言って肩をすくめた。 「性質悪いな…」 「寝てると思い込んでる君もどうかと思うけど。これで起きてなかったら、僕は直ぐに王墓に名を連ねることになるよ」 「そうかよ、……せいぜい暗殺にはお気をつけを」 厭味で応えれば、ロランは馬乗りのままだった俺の腕を引っ張ると、 その反動で身体を返し、俺を寝台に組み敷いた。 「で、何しにきたの?」 分かりきってる答えを聞いてくるこいつは、本当に性質が悪い。 「さあ?」 さっきの仕返しとばかり、肩をすくめて見せれば、ロランに口を塞がれた。 重ねただけだったさっきとは違い、唇を深く割られる。 「っ…は」 息苦しさに顔を離すと、名残惜しげに銀糸が伝い、暫くしてぷつりと切れた。 「………サトリ」 眉根をきゅっと寄せ、ロランは俺の頬に手を添えたまま親指の腹で濡れた唇をなぞっていく。 その感触に背筋が粟立ち、詰めた息が漏れた。 「ロラン…っ」 堪らず両の腕を伸ばし彼の首に縋ると、自分の上に引き戻すように、今度は俺から彼を求めていた。 後先考えない若気の至りって言われたって構いやしない。 だって、俺たちには今しかないのだから。 今だけなのだから。 だから。 「ロラン、抱いてくれよ」 |
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