自分が愚かだと知ったのは、これが二度目だった

 

 

Second Truth  ACT1

 

 

「どうなさったの、あなた?」

びくり。突然耳に入ってきた妻の声に、自分でも驚く程に体が揺れた。

「…あ、ああ。いや、何でもないよ。少し、ぼうっとしていただけだ。」

にこりと笑って見せながら、たった今読んでいた書簡をさっと卓上へ追いやった。
別段、隠すようなものでもないのだが、何故か書簡を握っていた手に嫌な汗をかいていた。

「あら?どちらからのお手紙なの?」

案の定、不思議そうに妻が聞き返してくる。
その質問に答えるのに、難しいことなど一つも無い。
唯一言で済む。そう、たった一言、笑顔で、さも嬉しそうに言うだけで済むはずなのだ。

だが。そのたった一言に喉が震え、鳩尾が気持ち悪く冷えていくのがやけに鮮明だった。

「あなた?」

再度小首を傾げる妻に覚悟を決める。
と同時に、覚悟って何だよ、と自分のどこか冷静な部分が笑ったような気がした。

本当に軽く。空気を震わせないぐらいに軽く息を吸い込み。口を開ける。

 

 

 

 

「ロランが結婚するらしい。」

 

 

 

 

来月の頭に婚礼の儀を執り行うから是非にお越しを、だそうだ。

続けた言葉は、ちゃんと妻に届いているのだろうか。
自分の声なのに酷く遠くに聞こえた。
 

それより。何より。
 

俺は笑ってこの言葉を言えたのだろうか。
 

きーんと甲高い音は恐らく耳鳴りだ。ドクドクと煩い音は心拍だろう。
それと、ざあっと何かが下がる音は、血の気が引く音なのかもしれない。

そして、妻のはしゃいだ声。

その嬉しそうな顔に、どうやら笑顔を作ることには成功したのだと分かった。

 

 

 

□■□

 

 

 

「サトリ!良く来てくれたね!有り難う。」
「よせよ、水臭い。相棒の晴れの舞台ぐらい幾らだって来てやるぜ?」

頼もしいなぁ。そんな感想を呟きながら、ロランははにかんだような笑みを見せた。
婚礼の儀は無事に終わり、来賓やら国賓のやつらは大方帰った後だった。
サマルトリアからは国王の名代として王太子の俺と王太子妃が参列したのだが、ロランとまともに会話をするのは今が初めてだった。
ローレシアには昨日から訪れてはいたのだが、新郎兼若き国王の多忙さにその機会を逸していたのだ。

やっとのことで訪れたロランの部屋は、5年前のあの日と変わらず、意味も無く戸惑った。

「馬子にも衣裳、だな。似合ってたぜ、あの服」
「いや、サトリほどじゃないよ」

何が俺程なのかは知らないが。
俺の感慨なぞ何処吹く風のロランに何故か安心しつつ、
こいつに会うのは3年振りなのだということを切々と感じていた。


そうだ。3年前は俺の婚礼の儀だった。

今のロランと同じく、式を終えて部屋へ戻った俺を訪ねて来てくれた時だ。


『おめでとう、サトリ』


生涯忘れることは無いだろう嬉しそうな顔だった。

唯、次の瞬間、その顔がぐちゃぐちゃに歪んだのを覚えている。

何のことはない。
俺が、泣いたからだ。


「まあ、何にせよ結婚おめでとう。何年も俺がせっついた甲斐があったってもんだな。」
「はは…。本当に…」

心なしかげんなりした顔をして、ロランは部屋の隅に有る書棚に手を伸ばした。
端の棚から幾らかの紙の束を取り出して、わざとらしく溜息をつく。

「これ。サトリからの手紙だよ。」

結構書いてたんだな。ロランの手の平に収まった紙の束に、流れた年月を感じた。

「…君の手紙の最後は必ず『早く可愛い嫁さんもらえよ!』だからね」

嫌んなるよ。
ぐちぐちと文句を言いながらも、一部だけ、やたらに上手く俺の口真似をしてみせるものだから、思わず苦笑してしまう。

「まあ、その甲斐あって、こうして晴れの日を迎えられたんだ。良かったじゃねぇか」
「ん〜、まあ。そういうことにしてあげても良いけど…」

けど、何だろう。
言葉を濁したロランは、先と変わらず楽しそうにしているものだから、俺も構わずに会話を続けてしまった。


「そう言えば、ルーナのやつはどうしたんだ?俺、まだ会ってねぇんだけどさ…」
「ああ!ルーナはね、今回は来てないんだよ。」

それはまたどうして。不思議そうにロランを見返せば、ロランは聞いて驚けとばかりに人差し指を立てて見せた。

「なんと!もう直、二人目が生まれるらしいよ。」
「ほんとか!そいつは目出度いな!」

思わぬ吉報に声が跳ねる。あのルーナが二児の母か…。感慨も一入というものだ。

「それでさ、ルーナから結婚祝いの品が届いたんだけど…」
「ん。それで?」

どこか疲れたような顔をするものだから仕方なく先を促してみる。

「…子供服、だった…」
「そいつはまた激しく気が早いな…」

ルーナらしいと言えばルーナらしいのか。
まあ、期待に添えるように頑張れよ、だか何だか言おうとして口を開きかけた時。

甲高いノックの音にそれを遮られた。

「陛下!ロラン陛下!!」

礼をとるのも忘れ飛び込んで来た兵士に、徒ならぬものを感じたのか、ロランの顔がすっと引き締まった。

「どうした。」
「陛下!旅の扉が…!」

慌てる兵士の話によると、何やら城内の旅の扉が急に暴走を始めたらしい。
空間の歪みが膨れ上がり、近づくことも難しい状態らしいのだ。

「サトリ、すまない。ちょっと見て来る。待っててくれ」
「いや、俺も行くよ」

椅子に掛けてあった外套をひっ掴み、部屋を出ていこうとするロランに俺は言った。









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